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答えのない問いの探求ー東京大学海洋教育セミナー「海と人とのつながりを探る」

レポート

2017年3月5日(日)、東京大学武田先端知ホールにて東京大学海洋教育セミナー「海と人とのつながりを探る-ディープ・アクティブラーニングの広がり」が開催されました。

このセミナーは、東京大学教育学部附属中等教育学校、東京大学海洋アライアンス海洋教育促進センターが共同で行ってきた「学習者の能動的な参加を取り入れながら、より“深い学び”を実現するためのディープ・アクティブラーニング」を目標とした実践と成果を報告するものです。

テーマは「海と人とのつながりを探る」。午前中はプレイベントとして、東大附属と海洋教育センターの共同計画・運営のもと、同校の「総合的な学習」として1年を通して行われた授業「課題別学習 海(Sea)」の最後の授業が行われました。午後はシティズンシップ教育と海洋教育の接合を目指した授業実践の発表と、「課題別学習 海(Sea)」の授業実践の発表、授業者と生徒からなるディスカッションというプログラムで展開されました。

最後の「はじまりの授業」

「はじまりの授業」と題された「課題別学習 海(Sea)」の最後の授業では、一年間の授業全体を振り返り、一つ一つの取り組みの意味を捉え返そうとするものでした。

「課題別学習 海(Sea)」は2015年度から開講された講座で、授業担当者の福島昌子先生、映像作家の福原悠介さん、3710Labのメンバーで東大海洋教育センターの田口康大の三者連携からなっているものです。2015年度の授業については、福原悠介さんにより映画化されており、授業実践についても第3回東京大学海洋教育フォーラムにて報告があります。(2015年度の実践については「撮ること、撮られること(前編)(後編)」、映画については「DVD「海と人と」」を参照ください)

授業が始まると、ステージのスクリーン上に授業の風景が次々と映されていきました。映される生徒たちの表情からは授業の雰囲気が伝わってきます。授業当初のどこかぎこちなくも、少しぎらついた表情。課題に取り組んでいるときの真剣な表情。気が緩んだときの間の抜けた表情なども。福島先生は、スライドが変わるごとに、授業を思い返させる言葉がけをしながら、自身もその時に何を考え、何を感じていたのかを語ります。

この授業では、沖縄での宿泊学習での民家さんへのインタビュー映像と、自分たちでインタビューをしたい相手を探し依頼をした後に行った東京でのインタビュー映像の2本を柱に、グループで1本のドキュメンタリー映像を作りました。授業では生徒同士でインタビューをする機会を多く設けましたが、単なる一方通行的な「質問」ではなく、また日常的な「会話」でもなく、双方向的な「対話」となるようなインタビューを心がけることを強調しました。最後の授業においても、生徒同士がインタビューし合いながら授業の振り返りが行われました。

「実際にインタビューしてみてどうでした?」

「自分がテーマとして設定した戦争ということについては、日常会話でも話すことも少ないので、そこからして普通の会話ではなかったと思うんですけど、くわえて、その日初めてあった人に、昔のこととかを聞くのは、正直、すごい緊張しました。」

「それはカメラがあったからですか?」

「カメラがあったからということもあったし。今まで練習してきたものがいつも通りできるかどうかっていう不安が、私はありました。」

インタビューを受けていた生徒は、最後に、この授業で何度も繰り返されていた「会話」と「対話」の違いについて次のように語りました。

「対話では、日常会話では見えないものが見えるものだと思って、対話になったことで、お互い全然違う表情で話ができたのではないかなと思いました。」

授業のおわりに、福島先生から最後の授業のタイトルを「はじまりの授業」とした意味が語られ、午前中のプレイベントは幕を閉じました。

「学んだことをここで止めてほしくない。終えてほしくない。授業は終わるのではなく、この授業を受けた今、ここからこの一年間の授業の「意味」が始まるとおもっています。」


「捕鯨問題」を主題とする授業

午後から始まった本イベントでは二つの授業実践の報告がありました。ひとつめは、武田竜一先生によるシティズンシップ教育と海洋教育の接合を目指した授業実践の報告です。高校の教科「地理」において国際的な論争を巻き起こしている「捕鯨問題」が主題です。

捕鯨問題には、いくつもの争点があり、その一つ一つを丁寧に吟味しなければ、単純な「文化的相違」という理解に陥りかねません。この授業では、簡単な結論を許さずに、多角的に考え続けることを促すような課題や資料が工夫されていました。たとえば、『ザ・コーヴ』の上映をめぐる映画館の対応から問題の所在を探ったり、漫画『美味しんぼ』のワンシーンのふきだしの中のセリフを考えるなど、主体的に問題に関わるための工夫がされていました。

また、捕鯨反対と賛成の両者の見解を比較吟味し、グループ討論をする活動など、私自身も一緒に授業を受けたかったな、みんなと一緒に議論を交わしたかったなと強く感じさせられる、とても魅力ある授業実践の報告がありました。

武田先生の報告に続いて、東大附属中等教育学校の卒業研究で「捕鯨問題」について調べている高校2年生の報告がありました。この生徒は実際に、大きな捕鯨基地のひとつである和歌山県太地町を訪れ、町役場や唯一の調査捕鯨を行っている会社の方に聞き取り調査を行いました。本などでわかること以上の生きた文化に触れ、考えに広がりが出たということでした。感情的な議論に陥らずに、アンケート調査を行ったり、歴史的背景を調べたりと、この問題の核を探ろうとする実直な姿はとても印象的でした。


 外的なアクティブから内的なアクティブへ

ふたつめは、プレイベントにて「はじまりの授業」が行われた課題別学習「海」の報告でした。授業の目的や基本方針などをはじめ、昨今の教育界において重視されている「ディープ・アクティブラーニング」についての考え方や、その実現のための授業方法、ワークシートの工夫などが報告されました。

アクティブラーニングについては、グループワークにおいてかなり数多く発言をしていても思考の深まりが見られない生徒、自分の考えは言わずに整理することに終始している生徒もいる一方で、発言はほとんどないもののワークシートからは思考の変容が見られる生徒などもいることから、外的なアクティブから内的なアクティブに焦点を置くことの重要性が語られました。

ワークシートについては、それを使用した生徒により「魔法のようだ」と評された、図書の十進分類表をもとに作成されたワークシートなど、生徒がアイデアを広げるとともに整理することに有効ないくつかの授業資料が紹介されました。

報告の後半では、授業の取り組みの一部として、沖縄への宿泊研修で感じたことの表現、制作したドキュメンタリー映像の上映、コミュニケーションのきっかけ作りとしての身体表現が行われました。身体表現では、音楽が途中で止まってしまうというトラブルがありましたが、会場の方々の拍手により最後まで踊りきることができ、会場全体が盛り上がりました。


何かができるようにならなくても変容する自分

最後のプログラムとして、小玉重夫教授のコーディネートのもと、武田先生と福島先生、授業を受けた生徒三名とでディスカッションが行われました。教師と生徒が一緒にディスカッションを行うという形式はとても珍しく、この形式でなければ聞けない話や、話し合えないことなどもあり、フロアからは、ハッとした驚きや、とても深い頷き、笑いなども起こり、活発なディスカッションとなりました。

何よりも驚かされたのは生徒の言葉の紡ぎ方でした。それは必ずしもスムーズで流暢ではありませんが、ひとつひとつが自分の言葉として語られており、言葉に込められた考えと想いが確かに感じられるもので、自分が同年齢の時には(今でも)あんなに喋ること、伝えることはできやしないなと圧倒されました。

ディスカッションのまとめとして、小玉教授は、できないことができるようになること/することが教育だという考えから、それとはまた異なる新たな教育の可能性が示されたのではないか、と話しました。必ずしも何かができるようにならなくても、内的に考えを深めることができる、と。そのためにも、おもしろいという感覚が重要であることを強調しました。

そのことを筆者なりに考えてみました。何かをおもしろいと感じているときには、その感じている「もの・こと」との関係が生まれているということで、それは知らなかったもの・ことが自分の世界の中に意味をもって現れるということであり、その時にはすでに新しい自分へと変容しているわけで、それこそが「学び」ということなのかなと考えました。自分の世界に新たな関係や意味が生まれる過程が「学び」であって、「教育」とはそれが偶然に生じてくるのを待つ営みなのかもしれません。


答えのない問いの探求

イベントの最後に海洋教育センター長である田中智志教授は全体を振り返りました。

田中教授は、答えがあることの問題(プロブレム)と答えのない問い(クエスション)という二つをあげ、学校教育において取り上げることの難しい答えのない問い(探求し続けること)を立てることが大事ではないかと提起しました。教育には人がより自由に生きることを自らが可能にできる主体化の機能があり、自由とは自明なものを疑い本当はどうなっているのかと問い(クエスション)を持つことであると主張し、報告のあった二つの授業実践とイベント全体を振り返り、幕を閉じました。

CREDIT

取材・文
3710LAB