連載

デザイナー倉本仁さんに聞く、海との密接な関わりとデザイン【連載:海×デザイン】

2021.05.24

海洋プラスチックや、海面温度上昇など、今や待ったなしの解決が求められる海の問題。そこで私たちは、「海の豊かさを守るためにデザインは何ができるか?」をテーマに、世界各地で海洋問題へのアプローチを試みているデザイナーたちにインタビュー。第3回は、国内外で活躍するプロダクトデザイナーであり、釣り好きが高じてルアーブランドまで立ち上げてしまった倉本仁さんにご登場いただきました。

金沢美術工芸大学卒業後、家電メーカー勤務を経て2008年にJIN KURAMOTO STUDIOを設立。家具や家電から自動車まで、多彩なプロダクトのデザインに携わる傍ら、グッドデザイン賞の審査員、母校や武蔵野美術大学の非常勤講師を務めるなど、幅広く活躍している倉本仁さん。兵庫県淡路島出身で、子どもの頃に釣りを始めたという倉本さんは、多忙な日々の合間を縫って、今も海に通い続けています。

©︎TOHRU YUASA

 
Q.倉本さんが釣りをするようになったきっかけは?
A.子どもの頃から親父に海に連れて行ってもらっていたんです。うちは親父もおじいちゃんも釣りが上手。淡路島は自然が豊かで、今住んでいる東京と違って自然と遊ぶ事が多かった。夏休みには40日中30日は釣竿と海パンを持って海に行っていましたよ。当時釣っていたのはカサゴ、アジ、クロダイ、メジナとか。あとは川にウナギを釣りにいったりもしましたね。
子ども時代に大変だったのは餌代。ウナギはミミズを掘ればそれが餌になるからいいけれど、他の魚を釣るためのオキアミ餌にはお金がかかる。うちの親父は魚に値段を付けていて、僕が魚を釣ると買ってくれ、それが次の餌代になっていました。大きいクロダイを釣ったら300円とか、ウナギなら500円とか。ウナギは親父が自分で捌いて食べるので、僕は食べられないんだけど(笑)、まあそれでまた餌が買えると。
 
Q.生活の一部に、海をはじめとした自然があったんですね。
A.そうですね。うちの親父は教員でしたが、兼業農家で田んぼもやっていたのでよく手伝いに行っていました。淡路島では農業用水に貯め池からの水を使っているんですが、雨が降って池の水かさが上がる。溜まった水は稲作の時期に、上の田んぼから順番に落としていくんです。田んぼの間には水路があって、その中に魚がいて、その水路が大きくなって川に繋がって、最後は川から海に。島は小さいので、その自然の流れが全部見えるんですよ。子どもの頃から小さい生態系を見ていたような気がします。
下水道がなくて生活排水がそのまま流れていた頃は、ある意味で栄養濃度の高い家庭排水が水路、川を経て海へと流れ込み、そんな海にはアワビやサザエがいっぱいいたんです。それを潜って獲っては、その場で焼いて食べたりしていました。昔から整備された海水浴場に行くより、磯場に潜りに行く方が多かったですね。その後、下水道が整備されると、昔はカエルしかいなかった用水路の水質が改善され、メダカやザリガニ、ドジョウまでもが現れるようになった。一方で、栄養を含んだ汚水が流れ込まなくなった海には魚と貝が少なくなり、ウニが増えて海藻が減り、磯焼けが始まってしまった。川の水が綺麗になったのは良いことなのに、生物の居場所はなくなってしまったんだから自然のバランスは本当に複雑で興味深いです。

「ルアーって派手な色でピカピカのメッキがついているようなものの印象が強いと思うんですが、僕ら調べ(笑)によれば、あのピカピカは大物を狙うのにあまり関係ない。動きや波動、パシャパシャと立てる音などが重要なようです」と倉本さん。

Q. 海洋環境の変化を、まさに目の前で見ていたことが、倉本さんの環境観や自然保護観に影響を与えたのでしょうか。
A.僕は自然環境の良し悪しに関しては、簡単にはルール付けできないと思う。複雑に絡み合ってバランスがとれている状況を丁寧に理解して、よく考えて判断していかないといけない。既存の知識や既成概念を取り払って、観察と理解を繰り返しながらクリエイティブに状況を見ていかないとだめだと思うんです。以前、八丈島の漁師のおじいちゃんと話した時に「魚が釣れなくなった、海がダメになったとよく言うけれど、海は変わっていっているし、それが当たり前。獲れなくなった魚もいれば、海流の変化で獲れるようになったマグロみたいなやつもいる。人間はそれに対応していかなきゃいけないんだよなあ。」なんてことを言っていたんですが、いい言葉をいただいたなぁと。
ただ、ゴミに関しては、明確に人間が悪い。これはいかようにも擁護できないので、みんなで協力して綺麗にしていくしかない。僕らの子ども時代、親父世代は海に行ってもタバコやゴミを海にポイッと捨てていました。高度成長期の人たちの感覚で、海は大きいから大丈夫!みたいな感じだったんでしょう。でも、僕らの世代は違う。僕も子どもと一緒に他の人のゴミも拾いますし、僕らの子供の世代はさらに意識が高くなるはずです。そんなことを考えながら最近は、海洋プラスチックゴミでルアーを作る計画を立てています。

(左)倉本さんが釣りに行くとしばしば目にするという海洋ゴミの山。一般のゴミに混じってブイや魚網も。(右)倉本さんと山本和豊さんが立ち上げたルアーブランド「Left」の試作品。

Q .倉本さんが海洋ゴミを使って何かやろうと考えはじめたきっかけは?
A.以前、プラスチック製家具のプロジェクトに取り組むことになった時に、「リサイクルされたプラスチック素材を使ってみたい」と思って研究を始めたことがきっかけです。そうしていくうちに、僕が釣りをする中でたくさんの海ゴミを見ていたこともあり、「海洋ゴミについて、人々の”気付き”になるような椅子を作ってみよう」と思うようになりました。でも、これには相当コストがかかることがわかったんです。ただ、そのリサーチの過程で繋がった人たちがいて、その仲間とネットワークで何かやれないかなと。海洋ゴミには漁具、特に魚網が多いのですが、魚網って単一素材である事が多く、混ざりっけが少ないので再生しやすいんですね。それで何かできるのではないかと考えたんです。
それとは別に、釣り仲間のデザイナーらと「環境に配慮した、想いのあるルアーブランドを作りたいね」と話すようになったんです。そもそも僕はプラスチック製のルアーを使うことが好きじゃんくて。というのも、プラスチックのルアーを投げるのって、海に向かってゴミを投げてるのと同じようなところがあるんですよ。ルアーって根掛かりするとラインが切れて漂流状態に。海底にはそういうルアーがたくさん残されているんです。そういうこともあって自然に還ることをイメージしやすい木製のルアーを好んで製作していました。
でも、いろいろと考えを巡らすうちに、「海のゴミを集めて、それを溶かしてルアーの形にできたら、それは啓蒙性においては意味があるのではないか」と思うようになって。海岸でも人目につく部分は清掃されているけれど、田舎の方の島に行ったり、海水浴場の裏側や、岬を回った向こう側に行くと、すごい量のゴミが溜まっている。そういうのを見ると、何かやらなきゃいけないんじゃないかな、と。

(上)サステイナブルな日用品を手がけるノルウェーのブランド、ネドレ・フォスから発表した水差し「Vannfall」。スチールワイヤーの“骨組み”に麻紐を編み込み、その上に石膏を被せて作ったモックアップを元に、最終的にガラスで成形。(下)スウェーデンの家具ブランド、オフェクトから発表したチェア「Jin」。写真は複合材の強化繊維としても実用が広がる天然素材、フラックスファイバーを使ったタイプ。

Q .海洋ゴミの問題をはじめ、世の中にはさまざまな問題がありますが、その中でデザインができることって何でしょうか?
A.いろんな切り口がありますが、一番はコミュニケーションではないでしょうか。例えば、iPhoneって説明書がなくてもなんとなく使えるじゃないですか。それはデザインが優れているということだと思うんです。言葉にしてしまうと伝わりにくいことも、物事の姿を整えることで、作り手の思いを使う人に届ける橋渡しをするのがデザイン。また、それが双方向のものであるというのもデザインの特徴だと思います。我々デザイナーは社会状況からのフィードバックに対して、常にアンテナを広げている。そう考えると、いろんな取り組みを円滑に社会実装していくときに、デザインは非常に役立つものになると思います。

©︎TOHRU YUASA

Q.海洋環境にアプローチするための国際的なデザイン会議が行われたら、参加してみたいと思いますか?
A.もちろん参加したいです。まさにここ最近の話なんですが、仲のいいドイツ人デザイナーのステファン・ディーツが自身のホームページでプロフィール内容を、“循環型経済の可能性に焦点を当てる”とか、“より持続可能な原料サイクルを探る”という内容に更新していることに気づいて、その本気にちょっと感動! 時を同じくして、世界中のデザイナーが同じようなことを考えていますから、少しずつ違う社会環境、文化圏に住むもの同士で意見を交わし合う機会があれば、すごく面白いと思います。一定の知識や情報はみんな持っているけれど、それをどんな風にプロジェクト化して社会に提案していくかは、デザイナー各々の思考によっても違う。簡単ではない社会課題に対してどうアプローチしてゆくのか、みたいなところを話し合ってみたいですね。
 


<関連リンク>
http://www.jinkuramoto.com/
https://www.instagram.com/left_lures/

取材・文:
山下紫陽
編集:
佐藤久美子