連載

AKI INOMATAのフィールドノート⑥ -福島-

2016.12.06

地域ものづくりデザイン

生きものとの恊働作業によって作品制作をおこなうアーティストAKI INOMATAが制作のために訪れた各地でのエピソード、海にまつわるレポートをつづる連載第6弾。AKI INOMATAが昨年2015年から取り組んできた作品《 Lines—貝の成長線を聴く 》の制作にまつわる話・後編です。

AKI INOMATA 作品《 Lines—貝の成長線を聴く ver.1.0 》 撮影:木奥恵三


福島県 松川浦へ

2015年4月20日、私は福島にいた。
福島県相馬市の松川浦という場所に、アサリを採るために来たのだ。
この場所でのアサリの採取には許可が必要だが、東邦大学の大越健嗣教授の調査に同行させていただく形で、実現することができた。

福島でアサリを採るAKI INOMATA

私たちのほかには、誰もいない。
遠くに防波堤の改修工事を行っている重機が立ち並んでいる。異様な光景だった。
なぜ、宮城・福島にアサリを採りに来たのか。
それは2011年3月11日に起きた東日本大震災の話から始めなくてはならないだろう。


東日本大震災を経験した私たちは何かを創造できるのだろうか

3.11を経験した今、アーティストは何かを創ることが出来るのだろうか?
多くのアーティストたちが「震災」「福島」をテーマに続々と作品を発表するのを横目で見ながら、当時はそういったテーマで作品をつくる気にはなれなかった。
あまりにも多くの人が犠牲になり、計り知れないほどのものを失った切実な問題に対し、当事者ではない立場から軽々しく扱うことだけは避けたかった。
私たちが経験したのは「断絶」であり、圧倒的な「喪失」である。
そこには「ない」ということが「ある」。
3.11以降、大きく変わってしまったこの世界にどう向き合えばよいのか。
アーティストとして何が出来るのか。そもそもアートを創る意味はあるのか。モヤモヤとした思いは雪だるまのように大きくなっていくばかりだった。
3年という時間を経て、その疑問は限界に達し、私の制作の手は止まってしまった。
たとえ失敗したとしても、今、ここで、震災の問題と向き合って作品を作るしか、もう作家を続けていく道はないように思う。
これは誰かのためではなく、誰かとの競争でもなく、申し訳ないが、まず私自身にとって切実な作品づくりである。
震災について考えるにあたり、いったい何が起きているのか、全くもってわからないと思った。
そう考えた当時、既に震災から3年が経過していた。
誰かが何かのために流す断片的な情報ばかりで、何が起きているのかを把握することはいつになっても出来そうになかった。
それでも、何が起きているのかを知りたい。知らなくてはならない。
そこで、人間以外の生き物が経験した震災を知ることができたら、今までとは別の視点から大震災を経た現在の状態を見ることができるのではないか、と思った。
いや、やっぱりよく分からないかもしれない。
だが、やってみて、やっぱりよく分からなかったとしても、他の生き物からの視点に想像力の範囲を広げようとしたことだけは、少なくとも意味があることに思えた。
他の生き物として、私は「アサリ」を選んだ。

松川浦でINOMATAが採取したアサリ(2015年4月)

貝殻は貝の「履歴書」だと聞いた。
貝は生まれてから少し経ってから貝殻をつくり始め、ずっと死ぬまで形成をやめないし自分からは壊さない。貝殻は二枚貝では殻頂部に近い外側の方が古く、また縁辺側と内側が一番新しく形成された部分であるから、生まれてからの時間経過が外側から内側に積み重なっている。
―大越健嗣(2001)『貝殻・貝の歯・ゴカイの歯』成山堂書店
貝殻には、その貝が生まれてから現在までの成長の記録が「成長線」として刻まれている。成長がいいときは線と線の間隔は広く、悪い時は狭い。さらにストレスを受けると貝殻の成長は止まる。
まるで呼吸のようだ。
これを音に変換したら、貝の生きてきた履歴が聴けるのではないか。
そう思った。
アサリは、陸と海のはざまを生きる。彼らの声を聞いてみたい。


アサリの成長線

アサリを蝶番から縁にかけて、真っ二つに切る。すると、その断面には無数の線が刻まれている。
これはが「成長線」である。木の年輪のようだが、それほどには知られていないように思う。

成長線とは

アサリの断面

アサリの断面の顕微鏡写真(矢印で示されているところが成長線)

潮が満ちている時、貝は海水中のカルシウムを取りこんで貝殻を成長させる。
潮が引いている時、干潟に残された貝は海水中のカルシウムを取り込むことが出来ず、貝殻の成長はストップする。ここで線ができる。
貝殻は、蝶番から縁へと一方向にのみ成長し続けていくため、線は、年輪のように刻まれる。
一番縁側の線が、貝を採取した日。そこから遡っていけば、その貝がいつどのくらい成長したかをうかがい知ることができる。
アサリがどのような環境下で生きてきたかの記録。それが成長線だ。
もともとアサリに着目したのは、ある新聞記事が出発点だった。
福島県の沿岸で、二枚貝のアサリの模様に東日本大震災の影響とみられる異変が起きていることが、東邦大学の大越健嗣教授らの調査で分かった。9割の個体で殻の途中に溝ができ、それを境に色や模様が変わっていた。津波で環境が激変したことによるストレスが主因とみられるという。
―朝日新聞デジタル 2011年6月5日より
この記事は、私の中でずっと引っかかっていた。大越健嗣(2001)『貝殻・貝の歯・ゴカイの歯』成山堂書店なども拝読し、アサリには成長線というものがあることを知った。
震災の記憶を持つアサリ。彼らの持つ記憶を知りたいと思った。
2015年4月、3710Labの田口さんの紹介で、東邦大学の大越健嗣教授の研究室を訪れることが叶った。


アサリの成長線を紙レコードに

大越教授と、大越研究室に在籍されている大学院生の鈴木聖宏さんの多大なる厚意により、アサリの成長線について詳しく教わり、アサリの薄片づくりにいそしむ日々が続いた。
(この薄片作りに関するエピソードはまたの機会にお話したい。)

貝殻を樹脂に埋める

ダイヤモンドカッターで切断

切断面を研磨して薄片化

スライドグラスに張り付けて、いよいよ検鏡へ

制作過程で、指紋を擦り減らし、血豆の結晶として、ようやく得られたアサリの薄片。
顕微鏡写真を撮り、成長線の間の長さを計測していく。
作品化するに当たっては、成長線の情報をレコード盤に変換する、という手法を用いた。
アサリが声を発するわけではないが、「彼らの声を聴きたい」という想いのメタファーである。
レコード盤といっても、いわゆるアナログレコードではない。通常のアナログレコードには音源があって、それをレコードにするものだが、ない「音源」を捏造することは、嘘になると思った。
そこで用いたメソッドが、「紙のレコード」の作り方-予め吹き込むべき音響のないレコード編- である。
詳しくは、リンクを読んでいただくのが正確であるが、紙にペーパーカッターで溝をつけることで、モノラルのレコードを作り出す手法である。
溝は、イラストレータというソフト上で波線を描き、それを渦巻状に変形させることでつくる。
よって、音源は不要だ。
今回でいえば、採取日から遡って1年分の、それぞれの成長線と成長線の間の長さの数値を音にしている。
成長した長さに比例させて心臓の鼓動音をあらわす波線を伸縮させることで、成長線の間隔の変化を音として認識できるように、レコードの溝のラインに変換した。
この手法で「2匹」のアサリの成長線の情報(成長履歴)をレコードに変換している。
1匹は、震災の2か月後である2011年5月21日に福島県相馬市松川浦で採取したもの。(試料提供:大越健嗣教授)
もう1匹は、2015年4月20日に同じ場所で、私が採取したアサリである。
出来上がったレコードは、当然、楽曲にはなっていない。ほぼ「ノイズ」である。
ただし、「ドン」という心臓の鼓動のような音を、成長線と成長線の間隔の長さに比例するようにあてはめているため、アサリの成長が良い時は、ドーン・ドーンと低く長い音が鳴り、成長が悪い時が続く時には、ドドドド・・と高くて短い音が鳴る、といった具合になる。

制作した紙レコードのイメージ図(紙レコードに刻んだ波線を誇張して表現しています)

2011年5月に採集したアサリの貝殻に残る成長線を詳細に解析して、レコード盤にのせてみた。
地震前の2月はまだ寒い。貝殻の成長は鈍く「ドドド」と響く。
地震の後の巨大津波で流されたアサリの成長は一時ストップし、音は消えた。
しかし、その後「ドン、ドン、ドン」と短い音を発するようになり、5月の採集の前には「ドーン、ドーン」と長音になった。
これは心臓の鼓動に似ている。
止まっていた時計が動き出すようにアサリは少しずつ貝殻に刻(とき)をきざみはじめ、新緑の頃にはゆったりと鼓動を打つようになっていった。
「あの時」何があったのか・・・物言わぬ貝の声を少しだけ聞けたような気がした。
一方、2015年4月に採取したアサリのレコードは、「ド、ドド、ド、ドドド・・」と短音が終始乱れたリズムで鳴り続けた。
通常であれば、暖かい時期は成長がよく、寒い時期は成長が悪いはずだが、一年を通して、終始成長が悪い。
ストレスフルな状況下に置かれ続けてきたことが分かる。
それは、護岸の改修工事を行っている影響かも知れない。
実際にアサリを採った時の印象としても、2015年4月のアサリの成長の悪さは、切らずともハッキリとわかるレベルだった。
貝が美しい円弧を描かず、貝殻の表面に多くのスジ(成長障害)を残し、ずんぐりと丸いカタチになってしまっていた。
アサリたちも地震・津波で大きな被害をこうむり、多くのアサリが死滅したという。
だが、運よく生き延びたアサリたちにとっては、震災後は、生存競争が少なくなったことにより、豊富なプランクトンを取り込んで良い成長をすることが出来たという側面もあるようだ。
一方で、2015年4月に採取したアサリは、再び成長が悪くなっている。
これが、もし人間による護岸の改修工事が行われていることによるものだとすれば、皮肉な事態にも思える。
そうでないにしても、人間の営みといきものたちの生活はなんらかのカタチで接点を持ち、影響し合っていることは間違いない。


薄片づくりは続く

今まで書いてきたような内容を、NTTインターコミュニケーションセンター[ICC ]および大阪のCASにて、プロトタイプ作品として発表したが、作品としては、まだ改良の余地がある。

AKI INOMATA 作品《 Lines—貝の成長線を聴く ver.2.0 》  installation view at CAS

AKI INOMATA 作品《 Lines—貝の成長線を聴く ver.2.0 》  installation view at CAS

成長線がきちんと観察できる薄片をつくるには、技術的な課題も多く、成長線の解読も、一朝一夕にできるようになるものではない。よって、継続して取り組んでいる最中である。
震災から、もうすぐ6年の月日が流れようとしているが、今アサリたちは、どのような成長線を刻んでいるのだろうか。

AKI INOMATA 作品《 Lines—貝の成長線を聴く ver.2.0 》

作品《 Lines—貝の成長線を聴く ver.3.0》を公開するまでには、もう少し時間がかかりそうだが、来年公開を予定している。

前編はこちら)


参考文献

大越健嗣・鈴木聖宏・丸山雄也・篠原航(2014)「貝殻に刻まれた 地震・津波の痕跡」月刊地球編集部編『月刊地球 バイオミネラリゼーションと石灰化-Ⅱ』2014年1月号<通巻412号>vol.36, No.1, pp.42-52, 海洋出版
丸山雄也(2013)「東北地方太平洋沖地震による大規模攪乱がアサリに与えた影響」,東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 修士論文
城一裕,金子智太郎,「紙のレコード」の作り方 -予め吹き込むべき音響のないレコード編-,YCCschool,2013年12月22日, slideshare, http://www.slideshare.net/jojporg/131222-papaerecordjp
Okoshi K (2015) Impact of repeating massive earthquakes on intertidal mollusk community in Japan. In: Ceccaldi H-J, Hénocque Y, Koike Y, Komatsu T, Stora G, Tusseau-Vuillemin M-H (Eds). Marine Productivity: Perturbations and Resilience of Socio-ecosystems. Springer, pp 55−62. ISBN 978-3-319-13877-0, ISBN 978-3-319-13878-7 (eBook) DOI 10.1007/978-3-319-13878-7_6
大越健嗣 (2016)カキから考える海洋生物にとっての地震・津波の意味 「生態学からみた東日本大震災—自然が語る震災の意味—」(日本生態学会東北地区会編)文一総合出版 pp.58-64.
Okoshi (2016) The Effects of Liquefaction, Tsunami, and Land Subsidence on Intertidal Mollusks Following the Great East Japan Earthquake. In: Jotaro Urabe & Tohru Nakashizuka (Eds). Ecological impacts of tsunamis on coastal ecosystems: Lessons from the Great East Japan Earthquake. Springer pp.165-178. ISBN 978-4-431-56446-1, ISBN 978-4-431-56448-5 (eBook) DOI 10.1007/978-4-431-56448-5


PROFILE/AKI INOMATA
1983年東京生まれ、2008年東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。
主な作品に、3Dプリンタで都市をかたどったヤドカリの殻に実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」など。人間以外の生き物のふるまいに人間の世界を見立てることで、生き物に私たちを演じさせてしまう状況を作り出す。
http://www.aki-inomata.com/
Lines—Listening to the Growth Lines of Shellfish ver. 2.0

取材・文:
AKI INOMATA
協力:
大越健嗣(東邦大学理学部生命圏環境科学科 教授)、鈴木聖宏(東邦大学大学院理学研究科博士後期課程)