みなとラボ通信

海のほんだな vol.8

浦和 蔦屋書店・建築インテリアコンシェルジュ/嵯峨山 瑛

2026.01.30

嵯峨山 瑛(浦和 蔦屋書店・建築インテリアコンシェルジュ)

大学建築学科卒業後、大学院修了。専門は都市計画・まちづくり。大学院在学中にベルギー・ドイツに留学し建築設計を学ぶ。卒業後は、出版社やリノベーション事務所にて、編集・不動産・建築などの多岐の業務に関わる。現在は浦和 蔦屋書店に勤務。

浦和 蔦屋書店(埼玉県さいたま市浦和区高砂1-16-12 アトレ浦和1700)
営業時間:9:00〜22:00 / 定休日:不定休
https://store.tsite.jp/urawa/

どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『うみのむこうは』五味太郎 (絵本館)

いつから世界が自分だけのものではなく、まわりにも広がっていると思うようになったのだろう。自分とは異なる言葉を話す人がいて、知らない場所で知らない人が暮らしている、そんな想像力はどこから生まれるのだろう。

「うみのむこうはずっとうみ どこまでいってもうみかしら」という言葉で始まる本作は、砂浜に立つ少女の視線の先にある水平線、その向こうの世界を自由に思い描かせてくれる絵本です。ページをめくるたびに、見えない世界への憧れや、まだ知らない誰かへのやさしい好奇心が広がっていきます。

小さいころに読んだこの一冊を、二歳の娘に読み聞かせてみました。娘はまだ「うみのむこう」を知らないけれど、絵本を通して、世界は自分のまわりだけではないことを、少しずつ感じていくのかもしれません。 この絵本は、子どもにとっては想像の扉を、大人にとっては忘れかけた問いを開いてくれる。

自分を見失いそうになったときの「海」

『いい感じの石ころを拾いに』宮田珠己(中央公論新社)

神奈川県の大磯駅から歩いて15分ほどの照ヶ埼海岸は、私にとって「いい感じの石ころ」を拾える一番身近な場所です。世田谷区の自宅から電車で1時間以上かけて、年に数回ここを訪れるようになって、もう何年か経ちました。

石ころを拾っていると、自分が本当に好きなものは何なのかを再発見できます。そのときにしか出会えない石、そのときの自分にしか感じられない「いい感じ」を確かめる時間は、私にとって特別です。日常のしがらみから少し離れ、自分だけの感覚を研ぎ澄ませる、そんな楽しみを知るきっかけになったのが本書でした。

著者・宮田珠己さんが仲間とともに、北は北海道から南は九州の離島まで「いい感じの石ころ」を拾いに行く紀行文。その道中で、「いい感じとは何か」を自問自答する様子がユーモラスで笑えます。学術的でも金銭的でもない、ただ「好き」という気持ちだけで楽しむ時間。その尊さを改めて思い出させてくれる一冊です。石ころ拾いの魅力を、ぜひ多くの人に味わってほしいと思います。

あなたを「海」へと誘う1冊

『観光』ラッタウット・ラープチャルーンサップ 著/古屋美登里 訳(早川書房)

海を題材にした小説として思い出すのは、タイ系アメリカ人作家による『観光』です。ピンク色の豚が海に浮かんでいるような、印象的な表紙が今も記憶に残っています。ですが、何より表題作『観光』が、私に「知らない海」の風景を思い出させてくれるのです。

物語は、視力を失いつつある母と、夏の終わりに大学進学を控えた青年が共に過ごす、最後の夏を描いています。二人はリゾート地コー・ルクマクへ向かう南行きの列車に乗ります。線路の東側には泥で茶色く濁ったタイ湾が、西側には澄んだアンダマン海が広がり、その対照的な風景が強い印象を残します。

母と息子の静かな心の交流とともに、美しい情景が淡々と綴られていきます。旅と別れ、そして時間の儚さをそっと感じさせてくれる一冊です。

建築インテリアコンシェルジュにとって「海」の思い入れがある1冊

海を庭にしてしまった家 美しい昭和初期の洋風建築 旧竹田宮別邸』石田美菜子(日経ナショナルジオグラフィック社

部屋の窓から見えるのは、一本の水平線。波や空の表情が移り変わっていく様子を、一日中、年中見ていたい、そんな夢は、なかなか叶えられないだろう。

本書の主人公は、三浦半島・佐島の相模湾に面した一軒の家。昭和初期、皇族の竹田宮恒徳王が4年の歳月をかけて建てた別邸です。晴れた日には富士山の裾野まで見渡せ、嵐の日には波が家の中にまで押し寄せるという、海と共にある暮らし。その後、この家は英国人の手に渡り、20年以上住まわれ、現在はおもちゃコレクターの北原照久氏が所有しています。建築から100年近くが経ち、なお海とともに息づく家です。

本書の特徴は、一つの家を主人公にしながら、平面図が最後のあとがきまで出てこないことにあると思います。2年の歳月をかけ、四季を通じて撮影された写真は、まるで建物の中を歩いているかのような臨場感があります。そして、どの部屋にも海の気配が漂っている、その静かな贅沢を、ページをめくるたびに感じられます。