みなとラボ通信

Read the Sea vol.2

ひとやすみ書店/城下康明

2023.03.03

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.2は長崎県長崎市にある本屋「ひとやすみ書店」店主の城下康明さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本(小中高校生のみんな)

『海のアトリエ』堀川理万子(偕成社)

子どもが生まれる前は気まぐれによくひとりで海に行った。シーズン前後の人がほとんどいない海水浴場。裸足になって砂浜を歩き、海に足をつけると、身体に溜まったよくない何かを、地球が、足の裏を通じて吸い取ってくれるような心地よさがあった。適当な場所に腰をおろし、ぼおっとする。海を眺める。そうすると心に溜まったよくない何かまでも、波とともに海が回収していってくれるようだった。
『海のアトリエ』という絵本がある。祖母が孫に聞かせた、幼い頃の特別な1週間の話。「そのころ、あたしは、ちょっといろいろ、いやなことがあって、学校にいけなくなっててね」。
彼女は、ある絵描きに誘われてその人が住む海の見えるアトリエを一人訪ねる。干渉されず、でも放っておかれず、不思議な体操をしたり、海で泳いだり。美術館に行ったりライムを浸しておいた水で乾杯したり。自由な、そしてちょっと大人な日々を過ごす。
深呼吸が必要なとき、学校や大人に嫌気がさしたときは、海で裸足になるか、この絵本を開いてみるといいかもしれない。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『海をあげる』上間陽子(筑摩書房)

沖縄の海のことを考えていたら、久しぶりにCoccoの『ジュゴンの見える丘』が聴きたくなった。何度も聴いてから、これを書いた。この本を読み返すたびに言葉が出なくなる。かわりに胸の底から突き上げてくるものがある。初めて読み終えたとき、これは大事な本だと直感した。すでに多くの人に読まれただろうが、今後も必要な読者の元へ届いてほしいと願っている一冊である。
琉球大学教授で、沖縄に暮らす著者。沖縄の未成年の少女の支援・調査、若年出産をした女性の調査などを続けている。
本書はエッセイ集。著者のこと、娘のこと、関わった少女たちのこと、普天間基地、辺野古のことなどが書かれている。沖縄という地でのいろいろ、それらは海とは切っても切れない。著者のみずみずしくも切実な声を聞いてほしい。悲鳴も嗚咽も、苦悩も希望も。書名の「海をあげる」の意味も。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『一本の水平線 安西水丸の絵と言葉』安西水丸(クレヴィス)

ずるいほどに楽しそうだ。「絵を描くということは、身体の中にポラロイド・カメラを内蔵しているようなもので、こんなものが見てみたいと思ったらすぐに目の前で描いて見られるのだからそんな楽しいことはない」だって。
本書は安西水丸のイラスト集、所々に言葉も添えられている。水丸さんの絵を初めて見たのはいつだったか。全く覚えていない。気づけば見覚えがあり、気づけば好きだった。
掲載された70点の絵はすべて、(おなじみの)一本の横線が引かれている。「私はイラストレーションを描く時にホリゾン(水平線)をよく使います。(中略)そして、紙にホリゾンを引く時、なぜかいつも千倉の海の水平線が目に浮かぶのです」。2本だけエッセイも収録されており、うち1本のタイトルが「海」。内容は幼少期を過ごした千倉の海についてだ。その環境が「私の想像力や美意識を育んでくれたのだと思っています」と書かれている。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

「使いみちのない風景」文:村上春樹 写真:稲越功一(中央公論社)

僕の育った長崎の街は、海も山も目と鼻の先にある。20代前半の数年を神奈川で暮らし、東京で働いたが、それまで当たり前に視界に入ってきていた海山が身近にない生活は、僕には窮屈だったようだ。ぎゅうぎゅう詰めで電車にのること、コーヒー1杯の値段が7〜800円することなどが僕に合わないことはわりとすぐに気がついた。でも海山のない風景が僕に合わないことは、後になって、つまり地元に戻ってきてから気がついた。食料品を買った帰りの車中で海が目に入ったとき、帰宅中、角を曲がった先に山の木々が目に入ったときに、ふと。
『使いみちのない風景』という本に、自分の店(書店)ではこんな紹介文をつけている。
“少し変わった人が「そこにあると安心する本だよ」と言って教えてくれた本です。なるほどそこにあると安心する本でした” それは身近に海山がある安心感とどこか似ている。だからこの本に僕は海を感じる。

この活動は日本財団の助成により実施しています。
選書・文:
「ひとやすみ書店」城下康明

長崎県長崎市、眼鏡橋の近くにある建物の3階にお店を構えるひとやすみ書店。階段前に置かれた黒板には、その日の1冊とその本からの抜粋が一文書かれている。店内では、コーヒーが飲めるカフェスペースもあり、ゆっくり本との時間を過ごせる。

住所:
長崎県長崎市諏訪町5-3-301
営業時間:
13:00-18:00
定休日:
SNSをご確認ください
https://www.instagram.com/hitoyasumi_bookstore/