みなとラボ通信
海のほんだな vol.10
2026.03.27
朴 敦史(梅田 蔦屋書店・人文コンシェルジュ)
1978年京都生まれ。神戸、大阪育ち。洋書専門店、大学生協を経て、2019年より「梅田 蔦屋書店」に。人文コンシェルジュ。担当ジャンルは哲学、社会、歴史、心理学、科学など、なんでも屋さんです。フェミニズムと文化人類学に大きな関心を持っています。個人でフォトグラファー、映像制作者としても活動。店内でカメラをぶらさげた書店員をみかけたら、それはたぶん私です。
『ぐりとぐらのかいすいよく』中川李枝子、山脇百合子(福音館書店)
ぐりとぐら。二匹の探検の先には、いつも見知らぬ誰かがいて、いっしょに料理をしたり、大掃除をしたり、お使いを頼まれたり。『ぐりとぐら』を読むと、お腹がいっぱいになり、気持ちまで温かくなるのは、そこに他者との「分かちあい」が描かれているからなのだと思います。
楽しい海水浴を描いた本書でも、ぐりとぐらは沖合に棲む「うみぼうず」から、ささやかなお願いごとをされます。体の大きな自分には入れない、細長い洞窟に落ちた宝物をとってきてほしいと告げる「うみぼうず」。喜んで引き受けた二匹は洞窟に潜り、宝物を発見。お礼にさまざまな泳ぎ方を教わるのでした。
私たちは、海が他者との境界でもあることを、つい忘れがちです。子どもたちだけでなく、大人の方にも、今一度、手に取ってもらいたいですね。

『つげ義春コレクション 李さん一家/海辺の叙景』つげ義春(ちくま文庫)
私はもともと海が怖く、子ども時代を除けば、あまり海へ行った記憶がありません。中学時代はなぜか水泳部だったのですが、泳ぐこともいまは怪しいです。つげ義春の短編マンガ「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作とした映画『旅と日々』(三宅唱監督、2025年)を観ながら、そんな海への不安がふつふつと思い返されたのでした。
『旅と日々』は岸壁や波濤、雪景色のロングショットなど、「風景」が主役級の存在感を放ち、素晴らしかったです。そこには海や自然への「怖れ」のような姿勢がありました。
原作「海辺の叙景」(1968年)でも、全編に漂う寂寥感、すれちがう会話が、なんともいえない雰囲気を醸し出しています。海は目的を見失った人々の孤独感や、生きることの実感のなさを点描する背景として描かれながら、しだいに人と入れ替わり、前景化したかと思うと、あざやかに幕切れを迎えます。マンガという表現で描かれた「海」のイメージの極北。ぜひ映画と併せて、ご一読いただきたいですね。

『ペンギン大全』P・G・ボルボログ、P・ディー・ボースマ 著、上田一生 他 訳(青土社)
本書はペンギンに魅せられ、生涯をかけて調査を重ねた世界中の生物学者たちの蓄積した「ペンギン学」の集大成。その生態、研究、保全、飼育などの基本データを網羅し、ペンギンについてのイメージの解像度を一気に引き上げてくれます。
エンペラーペンギンを調べてみるだけでも、形態学的特徴、繁殖地の分布、個体数など、実証的なデータや包括的な考察から多くを学ぶことができます。18種の特徴を的確に捉えた写真も多く収録され、ペンギンを見る目の解像度がさらに上がります。例えば交通系IC「Suica」のペンギンは、黒い目やフリッパー(翼)の特徴で、アデリーペンギンだと、すぐに分かることでしょう。
一方、気候変動の影響で、個体数が減少している事実を見過ごすことはできません。私たちの行動がペンギンの大きな脅威になっているのです。本書を入口に「ペンギンと人間がともに生きる世界」を、いっしょに考えてゆきませんか?

『海と路地のリズム、女たち モザンビーク島の切れては繋がる近所づきあい』松井梓(春風社)
本書はモザンビーク島の海辺に暮らす人たちの生活空間や、コミュニケーションの在り方について調査した文化人類学の研究書です。「バイロ」と呼ばれる密集した居住空間に分け入り、女性たちの日常を記録しています。
頻繁に行われる「食の授受」。しかし、お返しが十分でないとやがて途絶え、「ゴシップ」が行き交うことも。なんて冷淡な、と思ってしまいそうですが、そもそも関係の持続が目的ではなく「ただ慣れているから」助け合っている、と住民は言います。困っていても寄りかかりすぎず、関係が破綻することを避ける工夫や、つきあう頻度の調整など、ミクロな行動やナラティブを著者は丹念に掬い取っています。専門家の外にも開かれた叙述で、海と人がひとつの全体像として見えてくる1冊です。