みなとラボ通信
Read the Sea vol.4
2023.03.17
『明るい夜』チェ・ウニョン 著/古川綾子 訳(亜紀書房)
結婚生活に終止符を打ち、ソウルから小さな海辺のまちへと引っ越した天文学者のジヨンは、絶縁状態にあった祖母と20年以上ぶりに再会を果たし、それまで知ることのなかった家族の歴史に触れていく。被差別民として生まれた曾祖母、戦争に翻弄された祖母、家父長制から逃れられない母、そして私。それぞれの辛い現実の中で、心を寄せ合い懸命に生きていく百年に渡るシスターフッド小説。陸の果てとしての絶望、打ち付ける激しい波…海は様々な姿を見せます。そして本作の中で最も美しいシーンのひとつも、海でのひとコマです。傷だらけでも、ままならなくても、こうやって手をつなぐことのできる相手がいるということが、どれほど心強いことか。10代の女性たちに本書を手渡して、これからどこに行くのもどんな風に生きていくのも、あなたの自由なのだと背中を押したいと思っています。
『海をあげる』上間陽子(筑摩書房)
“沖縄”は、太陽がまぶしくて海がきれいな楽園、でもそれだけではない。本書は、沖縄で若い女性たちの調査・支援をしている著者によるエッセイ集。一見穏やかな日常のすぐ隣にある耐えがたい現実。米軍の飛行機による轟音に小さな娘が毎日おびえていること、沖縄の美しい海が奪われてしまうこと、誰にも話せなかった性被害――。突然の理不尽な暴力にさらされたとき、何ができるのか。傷を抱えたまま佇む人に、何をしてあげられるのか。静かな筆致から秘められた怒りがにじんでいます。本来、誰のものでもないはずの「海」をあげるって、どういうことだろう?この不思議なタイトルの意味が分かったとき、著者から手渡されたものの重さに気づきました。本を読むということは「聞く」ことと同じで、バトンを渡されるということでもあるのだ。この“荷物”を皆で少しずつ持つために、「沖縄のことを何もしらない」と思う人こそ、読んでほしいです。
『うみべのいす』作:内田 麟太郎 絵:nakaban(佼成出版社)
浜辺にぽつんとおかれた一脚の椅子にはネコやクマ、男の子や親子、ついには「みえない人」までもが次々にやってきて、めいめいに時間をすごしていきます。ページをめくると、海を眺めている誰かの後ろ姿と、その人が見ている景色が交互にあらわれる静かな絵本です。この本に出合ったとき、フランス人アーティスト、ソフィ・カルによる、生まれて初めて海を見た人の後ろ姿を撮影した映像作品『Voir la mer (海を見る)』を思い出しました。彼らが何を感じているのか、何を思っているのかはわかりません。けれど、遠くにいる誰かを思ったり、その大きさに圧倒されたり、その心の震えは私にも、覚えがあるから。この椅子には、座りたくなったらいつでも、だれでも座ることができます。海をみているときの、すっからかんな気持ちを思い出せる絵本です。
『SEA BLUES』guse ars
二人組のアートユニット「guse ars(グセ アルス)」は、2010年より海辺や川原に流れ着いた陶片を拾い集め、そこに残ったわずかな柄を抽出し、再構成することで新たな模様を生み出すプロジェクト「washed pattern」を続けています。本書は、採集した陶片そのものと、そこから想起されたイメージ、そして制作したパターンが青一色で掲載された作品集。海のかなたから流れ着いたちいさなかけらを見ていると、元々はどうやって使われていたんだろう、どこの国のものなんだろう、そしてこの新たに生まれたパターンがまたいつか海へ還り、どこかへ流れ着くことだってあるのかも…と妄想がとまりません。海が内包する果てしない時間に思いを巡らせてくれる美しい一冊です。
愛知県名古屋市にある新刊・古書やリトルプレス、アート本など、セレクトされた書籍が並ぶ「感じる、考える人のための本屋」。併設されたギャラリースペースでは作家の作品に気軽に出合うことができる。また「ELVIS PRESS」として出版レーベルも運営している。