みなとラボ通信
Read the Sea vol.11
2023.05.12
『海獣の子供』五十嵐大介(小学館)
ある夏休み、海辺の街で暮らす中学生の琉花は、水の中を魚のように美しく泳ぐ二人の少年「海」と「空」に出会う。そのころ、世界各地の水族館で魚が消える奇妙な現象が多数観測されていた。さらに、まばゆい光を放ちながら海上を飛んで行く隕石、打ち上げられる深海魚、未知の「ソング」を歌う鯨など、さまざまな異変が相次ぐ。海を舞台に一体何が始まっているのか?鍵を握っているらしい二人の少年は、琉花はどうなるのか?
海と生き物、生と死、伝承、神話、宇宙、さまざまな要素が絡み合いつつ増幅していく、スケールの大きな少年少女海洋冒険譚。精巧かつ表現力豊かな絵が、読むものを物語の世界へ引き込む。
我々人間が知っていることなど、ほんの一部にすぎない。海というものの底知れぬ神秘性を、言葉だけによらず伝える稀有な漫画作品。
『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン(新潮社)
自然にふれることの喜びについて詩情豊かな文章で綴った名著。海辺の別荘で過ごした日々をもとに書かれたこともあり、海にまつわるエピソードも多い。個人的に特に印象的なのが、夜更けに居間の大きな窓から、小さな甥とともに満月を眺める場面。
「月はゆっくりと湾のむこうにかたむいてゆき、海はいちめん銀色の炎に包まれました。その炎が、海岸の岩に埋まっている雲母のかけらを照らすと、無数のダイヤモンドをちりばめたような光景があらわれました」
ここを読むたび、月夜の海へ行きたい強い思いに駆られる。詩的な美しい文章で自然を書くことの力を感じる。
レイチェル・カーソンは、子どもが「神秘さや不思議さに目を見はる感性=センス・オブ・ワンダー」を新鮮に保つためには、一緒に神秘を再発見し、感動を分かち合う大人が少なくともひとり、そばにいる必要があると述べる。必要なのは知識ではなく、目を向け、耳を傾けること。「共に感動する大人」でありたいと思う。
『極地絶景』編集:クント・フェアラーク(グラフィック社)
北緯90度から60度までの極北地域の風景をとらえた写真集。多くは氷と海を含む絶景だが、その多様性と美しさに思わず息をのむ。北極点周辺は一年中氷に覆われている一方で、北緯79度という高緯度に既に人の住む集落があり、氷河やフィヨルドの形は変化に富み、様々な動物たちも暮らす。
A4の大きい判型で350ページを超えるボリューム。シンプルに写真をしっかり見せようという構成が潔い。合間に挿入される極地探検の歴史や、生き物に関するコラムも読み応えがある。ほとんどの人が生涯足を踏み入れることのない土地だからこそ、暖かい部屋で本を開けばじっくり堪能できることにありがたみがある。暑い時期に眺めれば涼感が得られる。
それにしてもこの氷と雪の世界は、温暖化の影響を真っ先に受ける風景でもある。10年後、20年後にこの景色はどうなってしまうのかと考えずにはいられないが、その意味でも今をとらえた貴重な一冊といえる。
『グンマ・コンプレックス』著者:神谷彬大/写真:岡本章大(自費出版)
群馬出身で建築を学んだ著者が、みずからを含む群馬県民の精神性を形成する要因として「関東平野の端っこ根性」があるのではと仮説を立て、地理・建築・都市を切り口に写真とテキストで持論を展開する個人出版物。群馬県の平野部について広く足を運んで取材しているのだが、海なし県なので当然ながらどこまで行っても海が出てこない。県内どこの高台からどれだけ遠くを見渡しても海は見えない。この「不在」に、逆説的に強く海を感じる。私も群馬出身・在住者だが、日常に存在しないからこそ、海を特別なものとして認識しているように思う。実際、これまで海に行った経験のほとんどを事細かに記憶していることに気づいた。希少な体験なので、必然的に強く印象に残ってしまうのだ。
47都道府県のうち海なし県は8つしかない。明らかな少数派である。海への意識に共通点はあるのだろうか。日常に海がある人のそれとはどんな違いがあるだろうか。
群馬県高崎市にある新刊本とzineを扱う書店。本を手に取ることで、時空を超えて世界を自由に駆け回ろうと、店名を「REBEL=反抗」と名付け、2016年から営業している。群馬に関するzineも積極的に扱い、さまざまなトークやイベントも行っている。お店で制作している歩いて回れるマップも嬉しい。