みなとラボ通信
海のほんだな vol.2
2025.07.21
森 卓也 (六本松 蔦屋書店・旅コンシェルジュ)
六本松 蔦屋書店の旅のコンシェルジュ。世界3周133カ国を訪れる「旅する書店員」であり、月に1度は旅に出るトラベルホリック。旅のコーナーではジャンルレスに本をセレクトし、旅先での出会いと発見を再現する。趣味は旅、写真、変な土産もの集め。
『まぼろしの巨大クラゲをさがして』クロエ・サベージ 作/よしいかずみ 訳(BL出版)
海は不思議です。静かな波の下に、想像できないくらいたくさんの生き物が賑やかに暮らしています。
モーリー博士は、海にいるまぼろしの巨大クラゲを見つけるため仲間を集めて北極へ旅をします。イラストは横から断面的に海の生き物や船での生活を描いていて、まるで舞台での劇を見るように、私たちは海の旅へと惹きこまれていきます。
いよいよ北極に到着。船の下ではもう巨大クラゲが気ままに遊んでいるのですが、チームはいつもよそを見て誰も気がつきません。あんなに大きなものに気づかないなんて、読者にはそれがおかしくてたまりません。はたしてモーリー博士たちは巨大クラゲを見つけられるのでしょうか。イラストの色づかいはとても幻想的で、この本を読んだあとはきっと、子どもたちの心の海がずっと鮮やかになることでしょう。

『海の仙人 雉始雊』絲山秋子(河出文庫)
夏、海がある物語ならすぐにこの本を思いだします。
舞台は日本海沿いの町、「どこにいても海の気配が感じられる」敦賀です。
主要な登場人物は3人+1神で、主人公の河野の前に神である「ファンタジー」が現れて物語は始まります。車好きの絲山さんらしく今回もロードトリップがたっぷり描かれています。海沿いのルートをゆく登場人物の会話も巡行ドライブみたいに軽快で、適度で、機能的です。そして無駄が一切ない絲山さんの文体は、強さと心地よさがあります。
「孤独は、人が背負わなきゃいけない最低限の荷物」と登場人物の片桐は言います。孤独を出発点として愛情や自立して生きるたくましさが丁寧に描かれます。そして海と正体不明の神は彼らの苦楽に寄り添います。
絲山さんの海の描写は詩的でとにかく素晴らしいのですが、これは著者の筆力はもちろん、たぶん海が詩そのものだからかもしれません。

『ザ・サーフアトラス 波をめぐる伝説とまだ見ぬ聖地を探す旅』ゲシュタルテン 編//ザ・サーファーズ・ジャーナル・ジャパン 監修(グラフィック社)
最高のサーフスポットは最高の旅の目的地になることは、実際に旅をした私が実感しています。サーフィン文化が浸透する土地には、毎日がお祭りのような独特の空気があります。すみずみまで海のエネルギーに満ちていて、サーフィンをしない旅人もこの明るいエネルギーのお裾分けがもらえるのです。
そもそも旅とサーフィンはよく似ています。完璧な波に出会いたい欲求は、最高の景色や芸術、料理に出会いたい旅の欲求と変わりません。それと目的地を探す時間、計画する時間、そこに向かう時間が長いことも同じです。事前に費やす時間にこそ、大きな楽しみがあるわけです。
この本はドイツのゲシュタルテン社からの出版で、壁に飾りたくなるような美しい写真で世界各地のサーフスポットとカルチャーが紹介されます。どこか一ケ所、異国のサーフスポットを選んで未来の旅の計画を始めてはいかがでしょう。

『海をゆくイタリア』内田洋子(小学館文庫)
シチリア島に「海は人を融合させ、離別させない」という諺があります。山がちな地形のイタリア半島では、古くから海路によって周辺とつながってきました。
長くイタリアに住む著作家の内田洋子さんが買ったものは古い木造帆船。「海の上に書斎を持とう」という船乗りの友人たちの言葉にそそのかされて共同購入した「ラ・チチャ」号で、イタリア半島をめぐる旅に出発します。
ポルトフィーノ、ヴェルナッツァ、エミリオ諸島。憧れのリゾート地から生活の港まで、船はゆきます。険しい山で隔離された港では古いイタリアが、時が止まったように残されています。出会うイタリア人はみな情熱家で、彼らの人生はまるで一本の映画のようです。海をゆくイタリアの、一風変わった旅をお楽しみください。