みなとラボ通信

海のほんだな vol.3

代官山 蔦屋書店・文学コンシェルジュ/間室道子

2025.08.29

間室道子 (代官山 蔦屋書店・文学コンシェルジュ)

TVやラジオ、雑誌で本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。書評家としても活動中で文庫解説に『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 等がある。

代官山 蔦屋書店(東京都渋谷区猿楽町17-5)
営業時間:9:00〜22:00 / 定休日:年中無休(元旦を除く)
https://store.tsite.jp/daikanyama/

どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『うさこちゃんと うみ』ディック・ブルーナ 作いしい ももこ 訳(福音館書店)

令和のみなさんには「ミッフィー」であろうが、昭和の私にとっては永遠の「うさこちゃん」である。実は私は子どものころ、この絵本がこわかった。うさこちゃんは、おとうさんと海にいき、いろんなことをするのだけど、なんかさびしいのである。昼のはずなのに、くらくてしずかなブルーの空と、満月みたいな太陽。で、思ったの。おかあさんはどうしたんだろう、って。ひとりですいえいぱんつがはけるぐらい成長してるうさこちゃんは、母の不在に言及して一日をだいなしにしたりはしない。「うれしい」し、おおいに「あそぶ」。でも、薄皮一枚のところで、父と娘は心もとなげだ。幼いころの私の「こわい」は、漂うさみしさをかぎつけたんだと思う。海水浴の楽しさは、ビーチの状況ではなく行った者の心がきめるのだ。「子どもに読んでもらいたい」というくくりでの紹介だけど、大人になってから効いてくる1冊。ラストのうさこちゃんの寝顔のやすらかさにほっとする。

活字中毒の私にとっての「海」と聞いて思い浮かべた1冊

『舟を編む』三浦しをん(光文社文庫)

なにかの挑戦をあらわすとき使われる「大海原に乗り出す」には困難だけではないワクワク感や冒険心があると思う。本書は「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「海を渡るにふさわしい舟を編む」を合言葉に、人々の十数年が描かれていく。出版社の営業部所属で口下手のためオチコボレだった馬締(まじめ)くんが新辞書『大渡海』(だいとかい)の編集部にスカウトされたことから物語は大きく前進。人が天職に出会う瞬間を読者は目の当たりにする!辞書一冊をつくりあげるのに、十~十五年かかるのはザラ。だから関わったすべての人に、持続するやる気や恐れず新しさを取り入れるまなざしが必要だ。引退を控えている編集者や老学者が、若い馬締くんを引っ張りながら自分に課されたことに全力を尽くす。年齢に関係なく職務に当たるエネルギーがスパーク。人間が仕事をする本質、そして喜びがここにある。読みながら、大いなる潮流、海風を感じる第九回本屋大賞受賞作。

あなたを「海」へと誘う1冊

『海のうた』左右社編集部 編(左右社)

現代歌人が海をテーマにした百首の短歌アンソロジー。海はひろい。そしておおきい。ここに詠み手たちの勝負がある。海洋冒険小説だとか海の生物大事典とか、古今東西の書物人たちは、手と知をつくし、巨大すぎる海原をなんとか1冊に収めようと奮闘してきた。しかし、日本には「三十一文字」の文化があるのだ。ページをめくるたび、うなる。海はかわらずひろくておおきいどころか、短歌のなかでますます広大になっているようだ。「複雑なかたちに海は光ってたそれからあとはさびしさだった」(阿波野拓也) 「夜の海 すこしあかるい黒が夜 暗くて濡れている黒が海」(くどうれいん) われわれはこの歌集で、海が全身に「沁みる」ものであると気づく。コンパクトな1冊だから、海に向かう旅に持って出よう。

文学コンシェルジュにとって「海」の思い入れがある1冊

『老人と海』ヘミングウェイ 著/高見浩 訳(新潮文庫)

最後の仕事に乗り出す年老いた男を子どもが見守っている、という最初のシチュエーションだけで泣きそうだが、これを超える傑作はない、とわたしが確信しているのが本書である。巨大なカジキマグロと男の死闘を描いた1冊で、ノーベル文学賞受賞者であるヘミングウェイによって、海、魚、老漁師の様子が大迫力で描かれていく。さらにすばらしいのは、なかなか倒せないカジキが老人にとって、「敵」でも「獲物」でもないことだ。逃げる、追う、かわす、ぶつかる。行動や心情を読みあううち、老人と大魚、二者の関係が、奇妙な友情めいて見えてくるのが読みどころ。そして勝負決着のあと、まさかの展開が……。ラスト一行は暗唱している人が多い。光輝くエンドである。漁がどうあれ、老人は人生に勝利したのだ、と強く思える世界的名作。