みなとラボ通信
海のほんだな vol.7
2025.12.26
河出真美(梅田 蔦屋書店・文学コンシェルジュ)
梅田 蔦屋書店で文学コンシェルジュとして勤務するかたわら、読まれてほしい本を広めるため活動している。「10代がえらぶ海外文学大賞」選考委員。「左岸 Life for Books」としてブログ「夜になるまえに」を運営し、ZINEを制作している。
『かいじゅうたちのいるところ』モーリス・センダック作/じんぐう てるお 訳 (冨山房)
海は時に、あちらとこちらを分ける境界線の役割を果たす。それが顕著なのが本書だ。大暴れしたために夕飯抜きを言い渡されたマックスは、子ども部屋から遠く海を越える旅をして、かいじゅうたちの国へ行き、そこで王さまになる。あまりにも有名な1冊だが、今回あらためて読んで、これは安心できる本なのだとわかった。海を渡れば、何だってできる。かいじゅうにだって、王さまにだってなれる。きっと誰にだってあった、そんな無敵の時代は、実は、また海を渡れば、あたたかいごはんを準備して待っている人がいる、という安心に支えられているのだ。すべてのかいじゅうたちが、そんな安心感と共にありますように。

『ムーミンパパ海へいく』トーベ・ヤンソン作/小野寺 百合子 訳(講談社)
本作のムーミンパパは自分勝手で見苦しい。自分のいないところで家族が問題を解決してしまうとへそを曲げるし、何でも自分で仕切りたがってムーミンママに何もやらせようとしないし、やたら大声を出す。灯台もりになろうと家族を引き連れ灯台のある島に移住するも、肝心の灯台の明かりのつけ方はわからないわ、網をかけて魚を獲ろうとして海草しかかからないわ、新たな環境に翻弄されっぱなしである。それに比べてミイときたら。うっとうしいムーミンパパの自己実現に付き合わされる一家の中で、ミイはひとり我が道を突っ走る。ムーミン谷にいようと海にいようと、ミイはミイなのだ。私もこうありたいものである。

『海と山のオムレツ』カルミネ・アバーテ 作/ 関口英子 訳(新潮社)
自伝的短篇集である本書で、著者カルミネ・アバーテは自らの人生を彩ったさまざまな食の記憶を綴っている。どれもこれもたまらなくおいしそうなのだが、なかでも惹かれるのは表題作に登場する「海と山のオムレツ」だ。病気から回復し、祖母のもとに滞在している子どもの「僕」は、大好物の「海と山のオムレツ」につられて、祖母と海へ出かける。このオムレツ、材料からして奮っている。腸詰め(と書いてサルシッチャと読む)、オイル漬けのマグロ、もちろんオリーヴオイル……とどめのように、祖母はこれらの材料で作った、それだけでおいしそうなオムレツを、焼きたてパンにはさむのである! 食いしん坊の「僕」ならずとも誘き出されてしまいそうなこんなごちそうをたずさえて、いつか海へ行ってみたい。

『めくるめく世界』レイナルド・アレナス作/鼓直 訳 杉山晃 訳(国書刊行会)
海、という言葉は、私の頭の中ではひとりの作家とわかちがたく結びついている。その作家とはレイナルド・アレナスだ。キューバに生まれ、恐ろしく美しい小説を書いたが、当時の政権に敵視され、投獄され、それでも書き続けた。アレナスの作品の中には海が幾度も印象的なかたちで登場する。時には自由の象徴として、時には逃走の舞台として。本作『めくるめく世界』に登場する海では、主人公であるセルバンド師が、イギリスを船で出るが追い詰められ、海に逃げ込むも、オーランドー——もちろんヴァージニア・ウルフの小説の主人公であるあのオーランドーだ——に追いかけられる。海中で追いつ追われつするふたり。やっとの思いでセルバンド師が逃げ切ると、そこはアメリカだった。え、ほんとに? そんな魔術的な海だってあたり前のように存在する、アレナスの小説世界への扉を、どうか一度は開けてほしい。