みなとラボ通信

Read the Sea vol.3

曲線/菅原匠子

2023.03.10

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.3は宮城県仙台市にある本屋「曲線」店主の菅原匠子さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本(小学生)

『みなとまちから』作:nakaban 絵:植田真(佼成出版社)

長い旅のあとについた静かな港町。今にも雨が降りそうな灰色の空の下、遠くのかみなり、波の音とカモメの声。ここにしかない音たちに耳をすませるぼく。きれいな石の模様、貝殻のピンク色、濡れたまつぼっくりの重み、雨上がりの夕日の色をだれに伝えよう。どんよりとした灰色の空と海も不思議と心地よい、淡い色彩で描かれた穏やかな時間が流れる海辺の風景。ページをめくるたびに心が凪いでいく、静かでやさしいお話です。

旅先の港町からとおいまちに住む友人のもとへ送った手紙は、あの日の港の風景をのせて届きます。遠い町にいるたいせつな人のことを思い浮かべる雨の日。手紙と紅茶と雨がふたりを繋ぐ様子が愛おしく感じられます。nakabanさんのお話と植田真さんの絵が紡ぐこの物語は、対となる絵本『とおいまちのこと』へと続きます。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『海からの贈物』アン・モロウ・リンドバーグ(新潮社)

著者のアン・モロウ・リンドバーグは、飛行家であり作家でもありました。語られているのは、経歴も肩書きもいっさい捨てたひとりの女性が自分自身に続けた対話。日常を離れひとり過ごす海辺の生活の中で、さまざまなかたちをした貝殻になぞらえながら自己の内面の在り方を見つめています。

引潮のときに現れる、普段は知らずにいる別の世界。海の底をのぞく機会が与えられるこの待機のときにあっても右往左してしまう私たちは、それほどまでに人間的な関係の満ち引きにおいて自信がない。事象が断続的であることを自分のものにするのは、アンにとっても同じように困難なことであったようです。ここに登場するさまざまな貝は、ただ海が引いてはまた戻ることを繰り返しているということを知らせてくれます。貝殻に耳をあてると聞こえてくる波音のような優しさと、経験と知性に裏づけされた普遍的な深い考察。人生のうちに何度も読み返したい美しく逞しい思考の書です。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『島とクジラと女をめぐる断片』著:アントニオ・タブッキ 訳:須賀敦子(河出書房新社)

この本のイメージはまさにクジラのようかもしれません。詩的で抽象性の強い断片の集成からは全体像がなかなか見えず、夢や歴史、哀愁や愛の片鱗を重ね、繋ぎ合わせることによって全姿を追おうと試みる。「人生が、さまざまな、そしてしばしば、一見無関係にみえるエピソードのつぎはぎであるように」。(あとがき)

ポルトガルのアソーレス諸島およびその周辺の海とクジラにまつわるさまざまなエピソードは、いいしれない哀しみをまとった湿気の多い海と、その滲んだ濃紺の色を取り込んだタイル〈アズレージョ〉を思わせます。そしてなぜか、私はイタリアにもポルトガルにもまったく縁がないのにもかかわらず、タブッキの文章を読むと、故郷の話を聞いているような、旧友に会ったような懐かしさが込み上げてきます。

この本の原題は「ピム港の女」だけれど、翻訳者である須賀敦子渾身の日本語の表題はとても美しく、この作品と作家タブッキの本質をみごとに表しています。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙小津夜景・須藤岳史(素粒社)

フランス・ニース在住の俳人、小津夜景さんとオランダ・ハーグ在住の古楽器奏者、須藤岳史さんによる24通の往復書簡。本を開かずとも、ふたりの名前を目にしただけで期待が高まります。過去と未来、身体性、好奇心、知性。ページをめくるとあざやかに響き合う言葉と言葉。随所にちりばめられた俳句や詩、テキストの断片の引用が、読者を次なる道へと導きます。言葉が身体と一体となった境地では、言葉はこんなにもきらめくものなのだと思わずにはいられません。

海についての書簡ではないのに、文章の至るところに通奏低音のように流れている海の存在。それは、それぞれが地中海と北海という海に面した街に住んでいるからでしょうか。生存の場所もまた、言葉の背景に変成をもたらすのかも知れません。過去も、死も、回帰も、幻想も、みんなまぶしい海面の反射に照らされて、この高尚な遊戯の彩りとなっています。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「曲線」菅原匠子

宮城県仙台市にある細い小径を入り石畳の道を進んだ先、築120年を超える建物を店舗とした本屋「曲線」。新刊書を中心とし、古書やZINE、CDなども扱う。入り口の土間は天井も高く静かで落ち着いた空間。靴を脱いで奥へと上がると、セレクトしている本に関連した展示をおこなうこともある。

住所:
宮城県仙台市青葉区八幡2丁目3-30
営業時間:
12:00-19:00
定休日:
水曜日
https://kyoku-sen.com/