みなとラボ通信
Read the Sea vol.13
2023.05.26
『 liminal (eyes) YAMAGAMI』山上新平(bookshop M)
今にも壊れてしまいそうな、それでいてあらゆる揺らぎと向き合っている野太さのようなものさえ感じさせるモノクロームの海の写真の数々。本書の収録されている64枚の写真は、写真家・山上新平がみずからの住処である鎌倉の海と波をとらえたもの。作家が身体的にも精神的にもみずからを削り得てきたこれらの視点は、鑑賞者へ真っ直ぐとぶつかってくるような強度を写真にもたらしています。今より10年以上前、山上は「ゴミ収集車やコンビニエンスストアなど滅私で働ける場所で食い扶持を稼ぎ、残りの時間を全て写真の強度を高めることに捧げていた」(本書より)と書かれています。その生き方は決して楽ではないものの、孤独を感じられる繊細な人間だけがその先に得られる美学があるのだと、ある種の希望のようなものを見出してしまう作品集です。もしいま孤独を感じている高校生がいれば、この本は決して寄り添ってくれる優しいものではないものの、それを承認してくれる存在にはなり得るかもしれません。
『わたしは思い出す I remember ー11年間の育児日記を再読して』(AHA!)
市井の人びとの活動をアーカイブするプロジェクト「AHA!」によってつくられたこの本は、東日本大震災後の11年を生きた、ひとりの女性の育児日記をまとめたもの。仙台市の沿岸部に暮らすかおりさん(仮名)は、2010年6月11日に第一子を出産。その日からおよそ11年間記し続けた育児日記を本人が再読し、それを編者が聞き手として再-記録化しています。「わたしは思い出す、100ccの目盛りを。」「わたしは思い出す、初めて見た新潟の海を。」ひとりの主観を通して語られる震災後の生活史は、いち読者である私たちが過ごしてきたそれぞれの3.11以降の生活を思い出させるものでした。あの日以来、たくさんの人によって大きなスケールで語られ、行われてきた「震災後」は、いつのまにか私自身の出来事から大きく離れてしまっていたのかもしれません。本書巻末に収録された語り手の所持品の写真たちが、ひとりひとりに刻まれた出来事であったことを強く物語っています。
『ブックストアで待ちあわせ』片岡義男(新潮社)
エッセイスト・片岡義男によって1983年に上梓された短編集。本書は、アメリカ西海岸はカリフォルニア、海沿いの街で書店を営む初老の女性店主と、近くに引っ越してきた主人公の青年とのやりとりを中心に進む短い物語からはじまります。並べられた美しい本に目を輝かせ、気になる本を次々と買ってしまう青年。それを諌める口数の少ない店主。本屋で出会ったガールフレンド。80年代の西海岸への憧れのようなものが気恥ずかしくなるくらい描かれていながら、それでいて佇まいから生まれる品格のようなものが垣間みえます。明るい透明な日差しや、潮の香りが漂うような、ビーチタウン特有の心地よさを感じさせてくれるエッセイです。このほか、47作の短編を通してアメリカの本を紹介するという本のための本。
『Parallel Encyclopedia #1』BATIA SUTER(ROMA Publications)
アムステルダムを拠点に活動するスイス人アーティスト、バティア・スーター(Batia Suter)は、絵や写真などの膨大なイメージを蒐集し、そのアーカイブを用いた作品集を多くつくりだしています。2007年に刊行されたこの本は、彼女がそれまで古い書物などから集めてきた歴史、科学、哲学、芸術、文化などに関する膨大なイメージを収録。元は全くつながりのない写真たちを直感的に配置し、作者の言葉を借りれば「古いイメージのアイコン化」、つまり本来その絵や写真たちが持っていた意味から離れ、新しい物語を生みだしています。
膨大なイメージの海に只々潜っていくような、それでいて物語を読んでいるかのような不思議な読書体験を味わうことができます。このほか、いわゆるアートブック・アーティストブックと呼ばれる本のなかでも、オランダ発の作品集はリサーチベースのものも多く、海を想起してしまうような深度のある書物が豊富です。
アートブックやZINE、プロダクトを中心に、視覚文化を基軸とした本屋として、2020年10月福岡市薬院新川沿いにオープンした「本屋青旗 Ao-Hata Bookstore」。書籍やプロダクトと連動した展示やイベントも積極的に開催している。