みなとラボ通信

Read the Sea vol.3, 後半

2023.05.29

梶井照陰

タイトル「NAMI2023」

写真家が「海」をテーマに撮り下ろす連載企画「See the Sea」。vol.3は梶井照陰が新潟県佐渡の海を撮影。写真を通し、海を取り巻く自然を感じてほしい。

「風浪」

波は、月の引力による潮汐や地震によっても起こるが、普段私たちが目にする波は主に風によって引き起こされている。風の速さが波の速さより大きくなると、波は風に押されてどんどん発達していく。それを風浪と呼び、やがて船乗りたちも警戒する、尖った形の三角波となる。風浪はその後、波長や周期の長いうねりとなる。今回の撮影では、波を引き起こす源である“風”に焦点を当てて撮影した。

「水平線が黒くなるのが見えると、バンバンと舟の脇を叩きましてね。周りの舟に合図を送り、みな一斉に櫓を漕いで集落へ戻りました」

20年以上前、私が波の撮影をはじめた頃、佐渡北部、願集落のとある古老が教えてくれた。現在、沖で漁をする船には船外機が付いていることが当たり前だが、彼が若い漁師だった頃はみな手漕ぎだった。時化てきたらすぐ戻って来られる動力船とは違い、わずかな判断ミスが命取りにつながったという。古老によると、風が起きると水平線が黒くなり、やがてこちらに風がやってきてその後波が立つ。その話を聞いてからは私も常に風を意識するようになった。

風はそれ自体を写すことはできないが、間接的になら写すことができる。海は常に風によって揺らいでいるが、その表面を撫でるように通り過ぎる風は風紋という形となって結像する。2022年12月、撮影はまず風紋を観察することからはじめた。何時間ファインダーを見続けただろうか。やがて灰色の雲が近づき海が時化はじめると、風に翻弄されるように、もあっとした白い霧状のものが白波とともに上がりはじめた。波の飛沫だ。風紋とは違った形で、風を捉えることができるのではないか。そう考え、それからの2ヶ月間は波の飛沫を撮影し続けた。

冬型の気圧配置になると、衛星画像には日本海側に多くの筋状の雲が現れる。実際、真冬に波の撮影をしていると、筋状の雲の流れを感じることができる。

雲は風を連れてくる。ファインダーを覗いていると次第に水平線が黒々となり、雲とともに風によって巻き上げられた海水がこちらを飲み込むように近づいてくる。波の表面を幾筋もの風紋が流れ、やがて飛沫がバシャバシャバシャとレンズを叩きつける。

筋状の雲と雲の間は、うねりは強いが、10分や15分ぐらいだろうか、風が弱まり、わずかに平穏な時間が訪れる。今回撮影した写真のいくつかは筋状の雲がやってくる直前か直後の一瞬、波しぶきがはっきりとみえる形で風に舞い上がるときを待って撮影した。波は風によって引き起こされるが、ひとつとして同じ表情はない。風によって形づくられる風紋や飛沫は波そのものとは違った動きや表情をみせてくれる。波の奥深さを改めて知ることができた。

風がどんどん吹きはじめ、どんどん白波が立ってくる

―臨場感たっぷりの冬の日本海をありがとうございます!圧巻でした!まずは撮影の状況から聞きたいなと思うのですが。

梶井 最初は2022年の12月から撮影をはじめました。12月半ばぐらいに大時化になり、私が住んでいる集落はみんな停電してしまいました。重たい雪で、竹が電線に覆いかぶさって切れたり、佐渡全体が大雪でした。風速20~30mぐらいの追い風で、気温は氷点下。体感気温が冷たかったですね。雨だとレンズに波しぶきがかかるんですが、雪はしっかり凍っているので、逆にレンズにこびり付かなくて、撮影がしやすいです。ただ、操作のために指先が出る手袋をつけているので、手がものすごい痛くなり、いまはだいぶ治ってきたんですが、ボロボロになりました。

―過酷な環境下で本当にありがとうございます。どうやって撮影されていたのですか?

梶井 このときは波の高さが7mぐらいでした。船では出られないので、岸と波のギリギリの境のところから撮影をする感じでした。岩というか地面にはいつくばり、撮影しました。

―波にのみ込まれたりしませんでしたか?

梶井 ええ。ずっと撮影を続けているので、そのギリギリの距離感はだいぶわかっていると思います。波をみながら、感覚的にレンズのところには波がどのぐらいの高さになっているなとわかっていますが、100回とか1000回に1回はすごく大きな波が来るので、それには気をつけながらですね。

―書いてくださった文章にもありましたが、一瞬ちょっとおさまるときがあると。

梶井 そうですね。完全に時化ているタイミングだと周りが波しぶきでみえなくなってしまうのですが、風になる瞬間や風がきれる手前に、波しぶきがおさまるいっときがあります。日本海をみているとわかるんですが、西高東低の冬型の気圧配置が筋状の雲になっています。おさまるときと時化るときの流れがあるんです。今回の撮影の中で、風がしぶきをあげて舞い上がっている波を写したものと、風がおだやかでしぶきがとまっている感じの写真を撮影しました。波の上に霧がもやもやっとなったような。あれは一瞬風がとまって、波しぶきが動かないような静かな時間でした。霧みたいなのが波の上をどんどん流れていくんですけど、その霧のようなものに風が吹くとすごく複雑な動きにみえるんです。ひとつの波といっても、風の影響を受けてその上の階層には違う形がみえてくるというか。波の下は下で、また複雑な流れがあるんです。そういう違いを今回つくづく感じました。

―常に風を意識している感じでしょうか。

梶井 そうですね。船を操縦していると、風がどんどん吹きはじめ、どんどん白波が立ってくるんです。一般的に海の波というと、風の影響で波が立つことだと思います。船で沖に出て、少し作業をしているとあっという間に風で流されてしまいます。そうすると、定置網や漂流物とか他の船がすぐ近くにあったりして、風は常々意識していないといけないです。あと、船の先端に航海の安全を願って山形の善寳寺の旗が付いていて、その旗のなびき方をみて、どの方向からどのくらいの風が吹いているのかを確認しながら運転しています。風を意識しないと漁もできません。

波の上で複雑な動きの風が起きている

―元々海を撮影されていましたが、今回改めて「海」というテーマで撮影してみてどうでしたか?

梶井 いままでは白波の上の方を中心に撮影していたんですが、今回波をずっとみ続けて、その上の飛沫というか、そういう部分が違う動きをしていると感じることができました。いままでとまた違うものがみえてきたような気がします。風が吹くと波が風紋というか、風のいろんな形ができていくんです。海の上で渦巻いていたり、竜巻のように小さく回転していたり、つむじ風がぶつかり合ったり、複雑な動きの風が起きているんだと感じました。いままでも撮影をしていたのですが、もっと立体的な風の様子を写したいと思っていました。飛沫をみていると風のよりダイナミックな動きを写すことができたので、こういう撮り方があるんだと気づけました。こちらから撮るという感じではなく、受身な感じですね。撮るというと、こちらの主観的な部分がすごく強くなってしまうので、主観と客観の間で撮らせてもらうという気持ちです。

―その間、常に風の影響で変わっていく感じでしょうか?

梶井 雲がちょっと薄くなったり厚くなったりで、どんどん変わっていきます。いままですごい雪と波しぶきだったのが、一瞬止まって空気がものすごくクリアになるときがあって、そのタイミングで撮影しています。そのあと、また一気に時化てホワイトアウトみたいになって。それが交互にくる感じでした。日本海側がこういう感じなのだと思います。

―太平洋だとまた違った波の動きになるんでしょうか。

梶井 前にモロッコに行ったとき、海を撮影したのですが、やっぱり日本海側とはちょっと違った感じでした。雲の動きというか、海に差す光の感じも違いますし、日本海側はあの筋状の雲が、私としては体感的にわかるんです。時化たりおだやかになったり、それは日本海独特な感じがしますね。

みただけではわからない、上にも下にも違う波の動きがある

―今回撮影してみて、自分なりに変化はありましたか?

梶井 同じ海でも波でもその上にまた違う波の動きがあるというのがすごくよくわかりました。新たな発見というか。密教の曼荼羅に胎蔵界と金剛界というのがあるんですけど、金剛界は人間の普通の状態の意識からすっと入り込んで、無意識の世界とかそういう人間の精神状態をどんどんさかのぼって奥に入り込んでいく曼荼羅なんです。そのどんどん入り込んでいく意識のような感じで、海の波も上と下とで海流が違っていて、同じ波でも様々な表情があるんだと感じました。

―海や波に対してもっと知りたい、考えたいことはありますか?

梶井 波について終わることはないので、いろいろみていきたいと思います。網を沈めたときにおもりを下ろしていくと、潮の流れが途中から全然違う感覚になるんです。うちの集落の漁師さんたちが大型定置網でブリやマグロの漁に行くんですが、海がすごくおだやかにみえて、底の方の潮の流れがものすごく早く、網が上げられずに戻ってきたりするときもあるんです。凪にみえても底の方はものすごく時化っている。みただけではわからない。そういう奥深さを撮っていけたらと思っています。

―最後に子どもたちに向けて伝えたいことはありますか。

梶井 伝えたいというか、時化ているときはやっぱり海の近くには行かない方がいいです。波が来ていないと思っても、100回とか1000回に1回は大波がくるので、近づくと本当に流されてしまいます。あとおだやかにみえても潮の流れがものすごく速いことがあるので、泳いでも流されてしまう。常に気をつけてほしいです。

梶井照陰(かじいしょういん) 1976年、新潟県出身。高野山大学密教学科を卒業し、2000年より佐渡島で暮らしはじめる。2004年、佐渡の波を撮った作品で第1回フォイル・アワードを受賞 。同年『NAMI』を刊行。2005年、本作にて日本写真協会新人賞を受賞。その他の写真集に『KAWA』、『DIVE TO BANGLADESH』、フォト+ルポルタージュ『限界集落』などがある。現在、佐渡島最北の鷲崎にて祖父のお寺を継ぎ、住職をしながら写真家として活動。好きな海の生き物はイワシ。