みなとラボ通信

Read the Sea vol.39

とらきつね/鳥羽和久

2024.03.08

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.39は福岡県にある書店「とらきつね」の鳥羽和久さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『西表島自然誌 幻のオオヤマネコを求めて』安間繁樹(晶文社、1990年)

動物生態学者であり、元中学校教諭(理科)でもある著者は、1965年にイリオモテヤマネコの研究のために初めて西表島に入り、以来50年に渡って島をフィールドワークし続けた。この本には、著者がまだ若い頃に裸一貫の体当たりで島中を駆けずり回って残した記録の数々が収められる。

僕はこの本をとにかく夢中になって読んだ。そして西表島に行き、まるで安間さんや島人たちの魂が乗り移ったような気持ちで、全身に傷を負いながら海岸を走り回り、地図には載っていない奥地の滝まで行ってみた。今思い出しても、人生でいちばん生きる実感を得た経験だったと思う。

現在、「自然との共生」というスローガンがさかんに語られがちだが、自然というのは、その土地で生活していればおのずと仲良くなれるような生易しいものではないことをこの本は教える。自然や人(人も広い意味では自然である)と「出会う」というのは、まさに自分が新しく生き直すような経験なのだ。この本は、海と山の厳しさを通して「共生」の本質を今も問うている。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『江戸時代のロビンソン 七つの漂流譚』岩尾龍太郎(新潮文庫、2009年)

江戸時代に北へ南へと漂流し、無人島や異国でサバイバルすることになった人物たち。古文書を手掛かりにこの本で紹介される7つの話はどれも激烈で、これらの記録を読み易い形にして残すことを短い生涯の最後の仕事にした著者に心からの敬意を払いたい。

無人島で食べたアホウドリの「落ち餌」に含まれていた「鯨の白膚」を用いて、回虫やサナダ虫の虫下しをし、「四肢てあし磕傷かいしょう」の傷みを癒す志布志の漂流者たちや、壊血病に襲われて船員の大半が死亡する中で、「黒き血」が溜まった静脈を切開し、塩湯で洗って回復した尾張出身の船頭重吉など、凄まじい記述が連続する。

この本は「未だ不在の「海の論理」を呼吸する「海洋文学」に向けて」素材を提供することを目的とすると著者はあとがきで記しているが、その思考の根底には、いかに私たちが都市文明の規範的生活に馴致され、人間(動物)らしさを失ったまま生存しているかという問題意識がある。「海の論理」を基にこの上ないラディカルな生き方を指南する書である。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『ハワイイ紀行【完全版】』池澤夏樹(新潮文庫、2000年)

石川直樹が『最後の冒険家』で語った通り、交通手段とテクノロジーが発達した現代において、空間的な意味での「冒険」ができる時代は終わったといっても過言ではない。それでも、私たちは今も旅の中で、その土地を踏みしめ、人や生活と出会い、そこに染みついた物事の考え方に触れるときに、自分の固定観念が撹乱され、それを機に新しい思考が始まる。人生にこれほどに楽しいことはない。

平成の初期に書かれた本だが、ハワイ諸島(著者は一貫してハワイイと呼ぶ)の土地の声と人々の言葉を記録した文章として、そして著者自身がどのようにしてそれらの声や言葉と出会ったかという旅と取材の指南書として、今もその威力を十分に発揮する。

ハワイには通俗的なリゾートのイメージが付きまとうが、この太平洋に浮かぶ海洋島にはそれだけではまったく捕捉できない深い魅力があり、それはまさに大洋の恵みと厳しさがつくり出したものである。自分の足でハワイの島々を踏みしめることで、その魅力を確かめてみたくなる本。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『ツァラトゥストラはこう言った(上・下)』著:フリードリヒ・ニーチェ 訳:  氷上英廣(岩波文庫、1967年)

「直接「海」が出てこない」というお題だが、ニーチェの代表作であるこの著作には「海」(ドイツ語でMeer)という単語が多出する。それでもこの本を選んだのは、あくまで「海」という単語は概念的に使用されており、海という実体そのものは直接出てこないという判断からである。

超人ツァラトゥストラが語る「海」は、先行きがわからなくても歩み出してみる(=航海に出る)勇気の象徴となる一方、凪の静けさを表し、さらに欲望や破滅的な誘惑を表すなど、幅広いニュアンスで使用されている。

ニーチェは『悲劇の誕生』の中で、「アポロン的」と「ディオニュソス的」の間の拮抗を描いたが、それは二者択一的にどちらの方がよいという話ではなく、あくまでふたつが重なり合うダブルバインドこそがミソで、そこに芸術と創造の源があると考えた。この意味で、本書における「海」がダブルバインドな表象として立ち現れていることは、昔から人類に恵みを与えると同時におそろしいものでもあり続けた海の本質が、人間の創造力につながるラインを示しているという点で非常に興味深い。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「とらきつね」鳥羽和久

福岡にある学習塾「唐人町寺子屋」の1階にある新刊書店。トークやライブなどのイベントも多数開催している。同階には自習室も併設されている。

住所:
福岡県福岡市中央区唐人町1-1-1 成城ビル1F
営業時間:
火・金曜:15:00-18:00、土日:13:00-18:00
定休日:
月、水、木曜日
https://tojinmachiterakoya.com