みなとラボ通信

Read the Sea vol.38

フラヌール書店/久禮亮太

2024.02.23

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.38は東京都品川区にある本屋「フラヌール書店」の久禮亮太さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『ちいさい おふねの ぼうけん』文:マリーナ・アロムシターム、絵:ヴィクトーリヤ・セムィーキナ、訳:藤原潤子(成山堂書店、2022年)

「これは おどろいたな! おちびさん、ずいぶん ながい たびを したんだね。 きみこそ ほんものの ふねだよ!」

「ぼく」は小さな折り紙の船。「たびに いっておいで」と、ちいさな水たまりに浮かべてもらったのが始まり。川を下り、河口へ、港へ、外海へと流されながら、さまざまな働く船に出会います。漁船やタグボート、タンカーたちは、それぞれの場所で懸命に役割を果たしています。そんな姿を眺めながら、ぼくは旅を続けます。ただ流されているだけではあるけれど、心細くもなるけれど、新しい出会いと刻々と変わっていく状況を受け止めて、先へと進み続ける。そんな小さな彼は立派な冒険者と呼べます。

大人が差し出すもっともらしい教訓なんて小さな読者たちには大した意味はないのだから、君たちにはこれがおすすめだよと言う気はさらさら無く、ただ私はこれが好きです。絵も美しいですよ。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『ウナギが故郷に帰るとき』著:パトリック・スヴェンソン 訳:大沢章子(新潮社、2021年)

深遠な謎を秘めた遠い海から人間の世界に現れ再び帰っていく海の使者、ウナギ。蒲焼きが美味しい身近な魚だと思っていたけれど、実はたくさんの不思議を抱えたロマンティックな存在なのです。

アリストテレスが精密な解剖図を描いて以来、中世、近現代の名だたる科学者たちがその生態を解明しようと挑戦したけれど、どこでどうやって生まれるのか、雌雄があるのかもわからない。メキシコ湾に近いサルガッソー海に生まれ、大西洋を数千キロも横断してヨーロッパの川を遡り、また生まれた海域に戻り子孫を残す。そんな一生が解明されたのは、20世紀末のこと。つかみどころのないウナギの謎と格闘した科学者たちの長い歴史を、本書は生き生きと描きます。

本書のもう一つの魅力は、ルポルタージュと交互に配置された、著者自身の父との思い出。労働者階級の父は寡黙だけれど、ウナギ釣りを通じて人生で大切なことをたくさん息子に伝えます。父とは異なるジャーナリストの道を選んだ息子にとって、ウナギを書くことは父の存在を心に位置づけなおす大切な儀式だったのでしょう。

本書を読むと、ウナギを見るたび、味わうたび、海の深遠さを思い返すのではないでしょうか。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『華竜の宮』上下巻 上田早夕里(早川書房、2012年)

この世界の大半が海になったとき、私たちはどうなるのでしょう。海に飲み込まれる最中にある人類の行方を描くこの物語は、マクロのSF的想像力とミクロの人類学的人間観が重なり合って広がる世界の中で、人々の切実なドラマを伝えてくれます。

25世紀、マグマの変動と海底の隆起よって大陸の大部分を失った地球で、人々は海上都市を建設し、または海民として漂流する道を選びます。海上都市とわずかな陸地を拠点とする国家たちが旧世紀から続く覇権争いをエスカレートさせる一方、海民たちは遊牧社会のネットワークを生み出します。

惑星がさらなる崩壊に向かう中、主人公の外交官はより多くの人類が生き延びる方法を求めて、都市国家と海民社会の橋渡しに奔走します。国際政治の力学と海に生きる人々の剥き出しの生、そのどちらにも誠実に立ち向かう彼に心を打たれます。

人が海で生きることを、牧歌的な幻想としてではなく、この世界が抱える混迷とのリアルな向き合い方として力強く宣言する、胸の熱くなる大河小説です。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『リズムの本質』(新装版)著:ルートヴィヒ・クラーゲス 訳:杉浦實(みすず書房、2022年)

海を海たらしめる重要な要素の一つは、律動ではないでしょうか。潮の満ち引き、打ち寄せる波、大洋のうねり、それらが複合した止まることのないリズム。陸上のいたるところにも、私たちの心と体にもリズムが存在します。そのリズムの根源を想像するとき、海の無窮の律動を感じずにはいられません。

本書は、ゲーテのロマン主義的な自然哲学の系譜にある在野の思想家が、自然の造形や生命現象、人間の芸術表現を、すべてに通底するリズムという観点から探究する、躍動感あふれる一冊です。

リズムが生命現象そのものであるのに対して、メトロノームのように一定したテンポで人為的に刻まれるものを「拍子」と本書は定義します。リズムが生命であるのに対し、拍子は精神による作業。相反するこの二つの反復運動がせめぎ合うところに、芸術表現における喜びや感動が湧き立つ。詩韻や音楽、ダンスといった時間芸術だけでなく、空間を分節する建築や絵画にもおよぶ芸術の感動を解き明かしてくれます。

人間の営みと海はリズムで繋がれていることを深く理解できる一冊です。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「フラヌール書店」久禮亮太

フラヌールという店名はフランス語で「遊歩者」〈歩きながら考える〉と言ったニュアンスが込められている。書籍は文学、人文、社会、芸術、絵本や漫画、児童書、暮らしの本など幅広いジャンルの新刊が揃う。

住所:
東京都品川区西五反田5-6-31
営業時間:
12:00~20:00
定休日:
毎週水曜日、第1第3火曜日
https://www.flaneurbooks.jp/