みなとラボ通信

Read the Sea vol.10

ホホホ座浄土寺店/山下賢二

2023.04.28

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.10は京都にある本屋「ホホホ座浄土寺店」店主の山下賢二さん

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本(高校生)

『コンテナで太平洋を渡る』田巻秀敏(自費出版) 

「少年よ大志を抱け」とかつてクラーク博士は言いましたが、この本は冒険の書です。未来ある高校生にぜひ読んでもらえたらと思います。内容はタイトル通り、コンテナ船に乗りこんで、太平洋を横断してしまった人のルポです。あまり知られていないだけで実はこの方法は色々な手続きを踏めば可能なのです。各種申請方法、費用、行程、食事メニューから船内エピソードまで臨場感たっぷりにダイナミックで美しいカラー写真とともに紹介されています。もちろん未成年であることや結構な金額がかかることなどを考えると、現役高校生にとっては現実的な話ではありません。しかし、こういう特殊な渡航方法があるということや船内のリアルな雰囲気などを知れることは、疑似体験という意味ですごく面白いと思います。そしてもし、社会に出て、予算と環境が整えば、この本のことを思い出して、ぜひコンテナ船に乗りこんでみて欲しいです。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『サメ映画 ビジュアル大全 ジョーズサーガからZ級作品までシャークムービー クロニクル』アレクシ・プレヴォ、クロード・ガイヤール、フレッド・ピッツォフェラート(グラフィック社)

すべての生物の母なる存在である海には、人間ではコントロールできない生物がたくさんいます。その中でも真っ先に思い起こすのがサメです。大きさ、スピード、凶暴性。人間が簡単に捕獲できる相手ではありません。映画監督スティーブン・スピルバーグによるパニック映画『ジョーズ』の大ヒットにより、サメの恐ろしさがより具体的なイメージとして私たちに植え付けられました。ビーチではしゃぐ若者たち、静かすぎるほど静かな海面、そこに始まる不穏な音楽、まだ気づいていない水中の若者たちの足、素早く忍び寄る水面の尾びれ、徐々に大きくなる音楽、そして……。その後、たくさんのサメ映画が制作されたのですが、この本はそれらの宣伝媒体を網羅した永久保存版です。僕自身、ホラー映画はあまり得意ではないのですが、サメとの遭遇は場合によってはあり得る、けして荒唐無稽ではない出来事として、その身近なスリルを楽しんでいただければと思います。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『海炭市叙景』佐藤泰志(小学館)

海炭市という架空の海沿いの街に住む市井の人々の18通りの人生を、哀しく痛みのあるリアルな筆致で書いた連作小説です。ひとつ前の主人公が次の話では脇役として登場するという箱庭的展開が楽しい。しかしそれぞれの登場人物は、生活不安を抱え、対人関係に憔悴し、親子は断絶し、夫婦は破綻し、人生を反芻し、孤独と対話するような人たちばかりです。だからこそ僕はこの小説が大好きなのです。その人の切実な事情を知ることで、脇役として出てきたときにその人の背景込みで佇まいを感じられるから。人にはそれぞれ事情がありますが、普通に暮らしている分には想像もつかない。この小説ではフィクションといえども、他人の事情をオムニバス的に垣間みることができます。それはどれもリアルな例ばかりで、実際の私たちの問題と感情的に符号します。そんなとき、他人への想像力が働く練習が図らずも出来て、少しは誰かに優しくできるかもしれないと思います。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『Others From the Future』Ken Kitano(bookshop M)

「フォトグラム」というカメラやレンズを使わず、完全な暗室でカラー印画紙に現像する不思議な撮影方法でつくられた写真集です。像が現れるまで、モデルはどの位置でどんなポーズをしているのかわからない。今回のモデルの生後2ヶ月~6ヶ月くらいまでの赤ちゃんたちの自然なポージングをみていると、彼らはどこの世界からきたのだろう?と思えてきます。頭では母親のお腹の中というのはわかっているのですが、気持ちよさそうに浮遊しているその姿は、まるで深海を泳いでいるかのようです。彼らがつい何か月か前までいた「この世界の外側」は輪郭がない感覚のみが支配する世界なのでしょうか。自分もかつて経験したはずなのにまったく思い出せません。しかし、ふと目を閉じたとき、暗闇の感覚に不思議な心地よさを感じます。それは、潜水をしたときの心地よさに似ているような気がするのです。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「ホホホ座浄土寺店」山下賢二

京都に2004年、「ガケ書房」をオープン。2015年に「ガケ書房」を移転・改名し、「ホホホ座」をオープン。「本の多いお土産屋」として、本だけでなく雑貨なども幅広く扱う。店名を共有し、各々独立経営を行っている「ホホホ座」が全国各地に広がっている。著書に『わたしがカフェをはじめた日。』『ガケ書房の頃 完全版 そしてホホホ座へ』『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』などがある。 

住所:
京都府京都市左京区浄土寺馬場町71 ハイネストビル1階
営業時間:
11:00 - 19:00
定休日:
無休
http://hohohoza.com/