みなとラボ通信
Read the Sea vol.8
2023.04.14
『海からの贈物』アン・モロウ・リンドバーグ(新潮社)
国民的英雄である飛行家チャールズ・リンドバーグの妻であり、自身も飛行機を操縦し、作家として執筆活動を行うアン・モロウ・リンドバーグ。5人の子供の母でもある著者は、多忙を極める日常生活から離れ、49歳のときにひとりで離島に滞在し、本書の執筆を始める。浜辺を歩き、貝がらを見つけて拾い上げる。ほら貝、つめた貝、日の出貝。海からの贈り物を手にしながら、それまでの人生を見つめ直し、これからの時代に向けた女性の生き方を考察する。海辺で過ごす豊かな時間。孤独が静けさと平穏をもたらしてくれる。
本を読むことも豊かな孤独の時間。可能性豊かな10代の頃は、多様な価値観に触れることで視野が広がる。国や年齢、性別も超えて、その人の内面に触れることは、きっと未来の自分を思い描く手助けになる。世代を超えて読み継がれてきた本書は、年を重ねるごとに新鮮な気持ちになれると思う。お守りのように読み返してもらいたい一冊。
『暁の宇品』堀川恵子(講談社)
太平洋戦争を描いた作品は多くあるが、いまだ世に埋もれた、私たちが知っておかなければならない事実があることを、本書は痛感させる。ノンフィクション作家が丹念な取材で解き明かしていくのは、海軍に頼ることができず、陸軍が独自に築き上げた、海上輸送のための非戦闘部隊について。四方を海に囲まれた島国にとって、兵士を戦地へ送る手段は船。その重要任務を任された陸軍船舶司令部が、広島沿岸の宇品に置かれていた。著者はその司令部を率いた人物の、未発表の自叙伝に辿り着く。奔走する現場とは裏腹に、上層部の稚拙な精神論や見通しのなさは、軍だけでなく民間人も巻き込んでいく。あとがきに掲載された写真では、徴用された民間船の船体の一部が、かつての戦地の海面上でむき出しになっている。そこに花輪を掲げ、愛おしそうに抱きしめる男性。遠く離れた海の底で眠る数多くの魂のこと、二度と戦争に向かってはいけないことを、ひと続きの海の先に想う。
『NEW WAVES』 ホンマタカシ(パルコ)
ざざーん…は、私の地元の瀬戸内海。滑るように寄せては返す静かな波。ごおおーん!は、旅先で見た太平洋の激しくうねる波。小さな波も大きな波も、そのリズムは不思議と心を落ち着かせてくれる。どのページも波、波、波。ハワイのビーチで撮影された全ページ波の写真集と言うと、退屈に聞こえるかもしれない。写っているのは海と空だけ。白波はピントがブレて勢いよく弾けている。しばらく見ていると、記憶の中の波の音が脳内で再生され始める。目の前に海があるように思えてくる。
波の写真を見ていて気づいたこと。それは一枚として同じものはなく、そのすべてが決定的瞬間だということ。水平線の彼方からやってくる波にカメラを向けて、ただシャッターを切る。自然の造形美に勝るものはないという本質を、波の写真をリピートすることで示しているのだと思う。身近な海、旅先の海、この瞬間も繰り返されている波の景色を思うと、心がすっと穏やかになる。
『「一人」のうらに』西川勝(サウダージブックス)
東京帝国大卒のエリートでありながら、晩年は孤独と貧困のなか41歳の若さで亡くなった俳人・尾崎放哉。「咳をしても一人」などの自由律俳句で知られる放哉が最期を迎えたのは、友人のつてを頼って辿り着いた小豆島の寺だった。繊細な人物として語れることも多い放哉の実像は、酒に溺れ、人間関係で問題を抱えたエゴイストだった。著者は小豆島へ赴き、八十八ケ所遍路を行いながら、放哉の人生を辿っていく。
社会から逸脱し、死期を悟るなかで放哉が獲得したものは、どうにもならないという自由。自らの孤独を客観視するような晩年の句に、著者の眼差しは温かい。島の外からやってくるお遍路さんの文化が根づく小豆島であったからこそ、放哉は最期に自由になれた。放哉は海についての愛着も著書で語っている。「どんなに悪い事を私がしても、海は常にだまって、ニコニコとして抱擁してくれるよう」。放哉が見ていた海も、きっと表紙の絵のようにおおらかだっただろう。
リトルプレスや写真集、暮らしやデザインにまつわる本を扱う書店「READAN DEAT(リーダンディート)」。店内併設のギャラリーでは企画展やイベントも行う。また、作家のうつわや民藝の品も扱っている。