みなとラボ通信

Read the Sea vol.15

とほん /砂川昌広

2023.06.09

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.15は奈良県にある本屋「とほん」店主の砂川昌広さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本(小学生)

『かわ』加古里子(福音館書店)

「とほん」のある奈良県は海に面していない内陸県です。海が身近にないため、海に対する憧れも大きく、奈良県の人は海をみると「うみだー!」と歓喜の声をあげると言われています。でも、奈良県に住んでいたら海とは無縁かというと、そんなことはありません。

子どもたちにおすすめするこのえほんでは、山に降った雨が集まって川となり、少しづつ川幅を広げ海につながるまでの様子を丁寧に紹介しています。

上流にはダムや発電所があり、川の周辺での林業の作業風景が。川が下ると平地に河原で遊ぶ子どもたちの姿や、川のまわりで生活する人が登場してきます。やがて村や町が広がりはじめ、学校や美術館などさまざまな建物が登場。河口に近づくと倉庫や港がみえてきて、ついに広い広い海へとつながります。

このえほんを読み終えてから川をみると、上流や下流にある人の営みに思いを馳せることができるようになります。そして、川を辿っていく先に海があるのだと自然と目に浮かんでくるのです。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『ムーミンパパ 海へゆく』トーべ・ヤンソン(講談社)

ムーミンパパは家族を守る頼り甲斐のある存在でいたいのに、平和なムーミン谷では出番がありません。悩んだムーミンパパは家族を連れて海の孤島に移住し、灯台守になることを決めたのでした。慌ただしく船に家財道具を積み込み、ムーミン一家は大海原へ旅立って行きます。

家族を守るためにあえて危険に飛び込む本末転倒なパパ。島についても家族を守ろうと空回りの連続です。新たな生活に向けて身の回りを整えていくムーミンママもなんだか困惑気味。好奇心いっぱいのムーミンは島のなかでさまざまな出会いを経験して、少しづつ家族から自立していきます。そして、家族の一員となって一緒に島にやってきたミーは斜に構えながらも、誰よりもみんなを観察してその心の機微を感じ取っているのでした。

海の孤島で奮闘する日々がユーモラスに描かれながらも、家族であるがゆえの葛藤に、大人こそ身につまされる部分の多い物語です。中盤までは不安ばかりの展開ですが、潮目が変わる終盤の鮮やかさをぜひ読んでほしいと思います。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『波』著:ヴァージニア・ウルフ 訳:森山恵(早川書房)

幼馴染として育った男女3人ずつ6人の生涯を描いた小説です。同じ村で過ごした幼少期、男女別れて寮生活を始めた少年/少女期、卒業後にそれぞれの人生を歩みだす青年期など、時代ごとに各自のモノローグ(独白)によって、物語が展開していきます。

状況を説明する地の文はなく、各自の意識の流れだけが語られているため、いま何が起きているか客観的に掴みにくい小説ですが、その言葉に耳を澄ませて情況を思い浮かべ、それぞれの価値観で生きる6人の人生に深く入り込んでいく感覚はとても心地良いものでした。

この小説では各章の始めに海岸の情景が描写されています。冒頭には夜明け前の海があり、次章で太陽が昇りはじめ、章を重ねるごとに時間が経過し、海の様子が大きく変化していきます。暗闇のなかにあった世界が少しづつ光りを帯びて輝きだし、夕日を浴び、夜の闇に消えていく。それはまるで6人の人生と重なるかのように、鮮烈なイメージを残してくれます。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『文体の舵をとれ ル=グゥインの小説教室』著:アーシュラ・K・ル=グゥイン 訳:大久保ゆう(フィルムアート社)

ゲド戦記などで有名な著者が物語作家のために書いた手引き書です。文の響きや、物語の視点をどう扱うか、直接・間接の描写表現など実践的な内容で、参考になる文豪たちの文章もふんだんに紹介されています。実際に著者が開催してきた体験講座を基にした内容となり、本書でもワークショップ形式で文体を書く練習ができる構成になっています。

本文中で著者はこう述べています、「物語の焦点を見つけ出し、物語の流れに従ってゆけたのなら、きっと物語がおのずから語り出す」「技術を得ることも、技巧を知ることも、それがあれば、魔法の船がやってきたときにも、そこに乗り込んで舵がとれよう」* 。小説を書く人にとって有益な本であることは間違いありませんが、一介の読者にとっても興味深い内容です。物語作家が使うさまざまな技法を知ることは、小説の世界を読み込むための助けとなります。読書という航海をより楽しみたい人におすすめの1冊です。

*引用部 P216

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「とほん」砂川昌広

奈良県大和郡山市柳町商店街にある新刊本を中心とした本屋「とほん」。店名の「とほん」は「雑貨とほん」「大和郡山とほん」「人とほん」「町とほん」など、いろいろなものごとに「と、ほん」がつながっていくようにと名付けられた。8坪の店内には、セレクトされたゆっくり読みたくなる本が並ぶ。店の外からは、通学路になっている子どもたちが駆けていく声が聞こえるのも良い。

住所:
奈良県大和郡山市柳4-28
営業時間:
11:00 - 17:00
定休日:
木曜日
https://www.to-hon.com/