みなとラボ通信
Read the Sea vol.16
2023.06.16
『ハタハタ 荒海にかがやく命』高久至(あかね書房)
秋田の冬、雷鳴が轟く大荒れの海。
温かく波も穏やかな夏、ハタハタは深海の砂地に潜りそのときを待ちます。雷鳴が轟く猛吹雪の秋田。厳しい冬の到来とともに、彼らは荒れ狂う浅瀬へ命がけの航海に出るのです。天敵となる魚も寄り付かない厳しい海をあえて選んで子孫を残す、彼らの生き残りをかけた究極の術。魚の生存戦略にはたびたび驚かされますが、ハタハタという魚ほどたくましい魚も珍しいのではないでしょうか。ハタハタを愛する秋田県民と、このたくましい魚を育む秋田の海の物語です。
忙しい毎日、気になる人間関係、大人の言葉や期待。いまの小学生のみなさんは、私の子ども時代よりもずっと厳しい社会を生き抜いているように思います。少し前まで流行り病の渦中でしたし、溢れる情報の中で他人と自分を比べてしまう日もあるでしょう。日々をがんばるあなたと、がんばるためのエネルギーを貯めている最中のあなたに、応援歌のような1冊です。
『シェル・コレクター』著:アンソニー・ドーア 訳:岩本正恵(新潮社)
ケニアの孤島、珊瑚礁と白砂の朗らかな海。
映画を学んでいた学生時代、リリー・フランキーさん主演の映画「シェル・コレクター」をみて、この原作と出合いました。貝殻を手のひらで転がすように、博物画の貝でいっぱいの表紙をついつい撫でたくなります。
物語は、ひとり静かに貝を拾ってくらす盲目の老貝学者が、島に迷い込んだ女性の病を猛毒で知られる「イモガイ」で意図せず治してしまった日からはじまります。貝と治療を目当てに不治の病を抱えた人々とその家族が島に押し寄せ、彼の生活は一変。何者にも侵されることのないはずだった楽園の変わり果てた姿と人間の底なしの欲望から、読者は目を背けてはいけません。海の声に耳を傾け、ともに生きる貝学者の儚い人生を見届けてください。
読者は文字を目で追うにとどまらず、潮の香りを胸いっぱいに吸い込み、危険生物におびえながら岩や貝殻の淵を指でなぞり、海を耳で聴くように読み進めるでしょう。
『オホーツク回路を行く 海と森のドラマ 知床』読売新聞北海道支社編集部(響文堂)
流氷が育む、豊饒の海。
世界自然遺産・知床。厳しい自然と人を寄せ付けない地形が豊かな生態系を保ち「最後の秘境」と呼ばれています。オホーツク海と根室海峡に囲まれたこの海はクジラやシャチ、トド、アザラシが泳ぎ回り、秋になるとサケマスが川へ遡上します。大陸からの栄養分を豊富に含んだ流氷が到達すると、海中ではプランクトンが大爆発。それを餌に様々な生きものが成長し、知床の海と森は手を取り合って巡ります。
ただ、本書は世界自然遺産登録への華やかなストーリーを語るものではありません。薄く柔くなった流氷、エゾシカ大量発生による原生植物への被害、人を恐れないヒグマ、人工造物によって遡上を妨げられるサケマス、行政と住民のすれ違い。読み進めるとともに、山積みとなった課題が明らかになっていきます。専門家や関係者それぞれが打ち明ける思いに、知床に足を運んだことのない読者も他人事とは思えないはずです。これほどまで知床を地球規模でみつめ、多角的に向き合った本は他に知りません。
『新装版 世界大博物図鑑 魚類』荒俣宏(平凡社)
人類と魚類が交わる、広大な知識の海。
魚類が人類の知識に組み込まれるきかっけとなったのは、「食われたこと」にあると荒俣先生は話します。
こんな楽しみ方もできます。たとえば、夕食にサバの煮つけが出たとしましょう。食べ終えたら索引で「サバ」のページを探します。327ページです。今さっき、咀嚼し、嚥下し、胃の中に収めた食糧としての魚。「サバ」と私たち日本人が呼ぶ魚には一体どのような歴史があるのでしょうか?外国人は何と呼ぶのでしょうか?その由来は?この水界にすむ生きものが人類との関わりの中でどのような存在だったのか、すべて知りたい。荒俣先生はその欲を満たし、掻き立て、水辺へと読者を誘います。
収録されている魚類図譜のなかには、現実離れした突拍子もない色づかいで、妖怪の類かと見間違えてもおかしくない表情をした魚が登場します。はじめてその魚と対面した古代人たちが、得体の知れないものへの恐怖や好奇心を描き残し、現代人が興味津々でこの図鑑を読みふける。この状況も含めて最高におもしろい魚図鑑です。
株式会社週刊つりニュースのオフィスビルの一角にある、魚に特化した本屋「SAKANA BOOKS」。魚をはじめとした水生生物や、それらがすむ自然環境に関する書籍、図鑑や魚が登場する絵本や文芸、新書、ZINE、フリーペーパーなど、知る・食べる・飼う・釣る・観る・描くなど様々な切り口でサカナを伝えている。店舗すぐ横にある「釣り文化資料館」に併設されている。