みなとラボ通信
Read the Sea vol.17
2023.06.23
『舟をつくる』監修・写真:関野吉晴 文:前田次郎(徳間書店)
GPSもない時代、ひとはどうやって海を渡ったのだろう。探検家・関野吉晴と学生たちは、日本列島に人類がやってきた足跡をたどる旅に出ることにした。当時のひとと同じやり方で。
まずは道具づくり。九十九里浜で120kgの砂鉄を集め、300kgの炭を焼き、砂鉄と炭から鋼をつくる。奈良の鍛冶職人の協力で鋼を鍛え、木を切るナタやオノができた。インドネシア・スラウェシ島で54mの巨木を舟大工たちとオノで切り倒す。鋸を使わずオノで削り続けて10日ほど、木の中から舟の形が現れた。サンゴを焼いてつくった漆喰で舟を塗装。木の幹の繊維から縄をない、ヤシの葉を乾燥させた繊維で帆を織る。一艘の丸木舟ができあがるまでの、気が遠くなるような時間。
そして海へ。星と風を頼りに、舟は石垣島へ向かう。命がけだったに違いない旅。昔々、ひとはこうして海を越え、未知の世界へと移動した。そしていま、私たちはここにいる。その過程を追体験する写真絵本。
『海のてがみのゆうびんや』文:ミシェル・クエヴァス 絵:エリン・E・ステッド 訳:岡野佳(化学同人)
波間を漂うガラス瓶は、海で迷子になった手紙。男はいつも注意深く海に目を凝らし、瓶をすくいあげる。栓を開け、手紙が入っていたら必ず届けにいく。どんなに遠くても。どんなに古い手紙でも。男は海の手紙の郵便屋だ。受け取ったひとは、誰しもとてもうれしそうな表情をみせる。男は自分も手紙を受け取ってみたかった。でも名前もなく友だちもいない自分に、手紙など来るはずがない。
ある日、瓶から出てきた手紙は謎めいていた。「あすの ゆうがた みち潮どき、浜辺で パーティーを かいさいします。ぜひ、いらしてください。」*
手紙には宛名がなかった。誰に届ければいいのか。男は聞いてまわった。ケーキ屋、お菓子屋、船乗り、道化師。みな首を傾げた。どうすればいい? 男は困り果てた。翌日、男は手紙を届けられなかったことを詫びるため、浜辺へ向かった。そこに待っていたのは……!? 海が運んできた、こころあたたまるファンタジー。
*引用部 P.19
『開かれたかご』著:キャシー・ジェトニル=キジナー 訳:一谷智子(みすず書房)
伝えて、わたしたちは世界で
最もすぐれた航海士の
末裔なのだと
伝えて、わたしたちの島々は
巨人が運んできたかごから
こぼれ落ちてできたこと *1
マーシャル諸島出身の若き詩人キャシー・ジェトニル=キジナー。島の伝説の女神の詩ではじまる詩集は、祖母から母、詩人、娘へと続く母系社会の連帯を、アメリカによる核実験や気候変動でマーシャル諸島が直面する問題を、そして背景にあるこの世界の構造を、浮かび上がらせる。
あるインタビューで、ジェトニル=キジナーは語る。「根っこは同じ。大国は自分たちのために太平洋をゴミ捨て場にしてもいいと考え、そこに住む人たちを使い捨てにしている。小さくて貧しい国だから、どうなってもいいのでしょうか」 *2
ジェトニル=キジナーの叙情豊かなことばは、歴史を遡れば日本も無関係ではないことを気付かせてくれる。
もしかしたらわたしは
潮位差を小さくするために
詩を書いているのかもしれない
世界が均衡を
保てるように *3
*引用部 *1 P.111、*2 P.178、*3 P.138-139
『科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集』編:池内了(岩波書店)
明治の物理学者、寺田寅彦。電車の混雑、花火、はたまた湯飲みから立ち上る湯気から、実に愉しげに科学の原理を解き明かす。そこには鋭く細やかな観察眼がある。
「たとい一本の草、一塊の石でも細かに観察し研究すれば、数限りもない知識の泉になるというのです。またたとえば同じ景色を見るにしても、ただ美しいなと思うだけではじきに飽きてしまうでしょうが、心の眼のよく利く人ならば、いくらでも眼新しいところを見つけ出すから、決して退屈することはないでしょう」 *1
心の眼を鍛えるのに、海辺は格好の場だ。
「一番あかずおもしろいと思うのは、遠い沖の果てから寄せてきては浜に砕ける、あの波でしょう。見馴れない人の眼には、海の水は、まるで生きているもののような気がするといいます。実際、波はある意味で生きている。すなわち物理学などでいう「仕事」をする能力があります」 *2
<夏の小半日>と題された一篇を読むと、海の見え方が変わってくるはず。
*引用部 *1 P.25、*2 P.26
岡山駅近くにある戦前から残る木造長屋を、岡山出身の店主みずからが改装した本屋「スロウな本屋」。「ゆっくりを愉しむ」をコンセプトに、店主がセレクトした絵本と暮らしの本が並ぶ。毎月、1冊絵本が届く「絵本便」や多彩なイベント、ワークショップも実施している。