みなとラボ通信

Read the Sea vol.20

mountain bookcase/石垣純子

2023.07.14

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.20は長野県にある本屋「mountain bookcase」店主の石垣純子さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『すばらしいとき』文・絵:ロバート・マックロスキー 訳:わたなべしげお(福音館書店)

大人はいつだって忙しそうだ。子どもたちだってなかなか忙しい日々を過ごしている。お互いどこか遠くへ行きたいなぁと思ってもそう簡単にいつでも旅に行けるわけじゃない。そんなときでも絵本は私たちを広い世界に連れ出してくれる。

ロバート・マックロスキーがアメリカ北東部・メイン州の小さな島で家族と暮らした春から夏の終わりまでの季節を描いたこの絵本には、豊かな島の自然が見事に描写されている。

春の静かな木々に囲まれて、耳をそっとすませば聞こえてくる、虫やシダが奏でる柔らかなささやきのような音たち。水と戯れ、砂浜で創造する遊びの数々、どこまでも続く青い海のきらめきや、夜の水面に映る満点の星の輝き。ときには海を荒れ狂う嵐だってやってくるけれど、その後には月が世界を美しく照らしてくれる。

自然を愛し、自然とともに暮らすことでしか得られない幸福や発見がある。この絵本は、そのことを少しでも理解するための手助けをしてくれる。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『漂巽紀畧』著:河田小龍 述:ジョン万次郎 監:北代淳二 訳:谷村鯛夢(講談社)

「ABCの歌」を日本に初めて紹介した人が誰かを知らなくても「ジョン万次郎」の名前なら聞いたことがあるという人は多いのではないだろうか。

まだ日本が鎖国をしていた1841年(天保12年)、現在の高知県・土佐沖から漁に出た15歳の万次郎を含む漁師5人は、嵐に襲われ無人島に漂着する。その島で鳥を捕らえ、海藻を食べ、なんとか命を繋いできた彼らは約半年後、奇跡的にその島に上陸したアメリカの捕鯨船によって救助される。中でも万次郎は船での勤勉な仕事ぶりを認められ、その後日本人として初めてアメリカで英語や算術・測量などの教育を受け、世界各地を巡る航海からもさまざまな文化を知ることになる。

幾多の困難を乗り越えて、再び日本へ戻ることができるようになるまでの10年という歳月に万次郎が見聞きしたことを、絵師で思想家の河田小龍が文と挿絵でわかりやすく記録したこの本は、当時の世界を知ることができる資料としても貴重な一冊である。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『奇妙な孤島の物語 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島』著:ユーディット・シャランスキー  訳:鈴木仁子(河出書房新社)

「島」と聞くとロマンを感じたり、楽園をイメージしてしまうし、「孤島」と聞けば美しくも物悲しく、過酷な自然を思い浮かべてしまう。これは辺境に存在する小さな孤島にまつわる史実や逸話を、島の地図とともに集めた本である。

文章から地図制作、美しい装幀すべてを手がけたのは1980年旧東ドイツに生まれたユーディット・シャランスキー。彼女が幼少期を過ごした当時の東ドイツ自体が、西側諸国と遮断されたひとつの島のようなものだったから、彼女にとって地図だけが世界を知る術だったという。

この本には世界各地に点在する55の島が登場する。世界地図では米粒よりも小さく、聞いたこともないような、それらのどの島にも人の痕跡が刻まれていることにも驚かされるのだが、人間が過酷な状況に置かれるといかに残酷になりうるかも露呈する。

島に限らず、歴史は知ろうとしない限りその扉を開けてくれることはないけれど、ページをめくれば語りかけてくる歴史がここにはある。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『天路の旅人』沢木耕太郎(新潮社)

作家の沢木耕太郎さんは、ある日偶然テレビ番組で西川一三という人物の旅を追ったドキュメンタリーを目にする。第二次世界大戦末期、山口県出身の青年だった西川一三は、密偵(スパイ)となって敵国である中国にラマ僧になりすまして潜入し、終戦後もそのまま素性を隠しながら昭和25年にインドから強制送還されるまで、何度もヒマラヤ超えをし、およそ8年にも渡る壮大な旅を続けた。

旅の壮大さに反して帰国後は、盛岡で理美容店向けの卸の商店主として364日毎日働き、平凡に暮らすことを選んだ西川さんの生き方に興味を持った沢木さんは、話を聞くために毎月盛岡に通うこととなる。

この本は、生前西川さんが語ったことと残された著書や膨大な旅の資料を元に、純度の高い旅とその人生をまとめたノンフィクションである。この本には海はほぼ登場しない。どこまでも続く砂漠や荒涼とした大地、ヒマラヤの山々を歩いた前人未到の旅は、大海原を行く航海にとてもよく似ている。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「mountain bookcase」石垣純子

長野県富士見町の駅前商店街にある新刊・古本を扱う本屋「mountain bookcase」。ひとりの時間を穏やかに満たしてくれる本、好奇心の扉を開いてくれる本などを中心にセレクトされた書籍が並ぶ。旅好きの店主らしさが光る山や自然に関する本もおすすめ。本や文学に関するイベントもおこなっている。

住所:
長野県諏訪郡富士見町落合9984-574
営業時間:
12:00 - 18:00 ※季節により変更あり
定休日:
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instagram.com/mountainbookcase