みなとラボ通信
Read the Sea vol.24
2023.08.11
『大いなる海の覇者―海の哺乳類クジラが演ずる愛と性と闘争と』 共著:ジャック=イブ・クストー、フィリップ・ディオレ 訳:森珠樹 (主婦と生活社)
いまだわたしたちが知り得ない、神秘を秘めた場所。海のことをそのように理解したのは、きっと小学生のころに図書館で出会ったクストーの本によるところが大きい。ふだんわたしたちが陸で営んでいる文明的と称する生活の、なんと小さく馬鹿馬鹿しいことか。微生物をはじめとしたさまざまな生命体たちの営み。そしてわたしたちすべてを形作った母なる海の、ときに厳しく、ときにおおらかな世界。
トレードマークは赤いニット帽。水中呼吸装置や潜水艇をみずから開発し、子どものような好奇心で世界じゅうの海を探検した海洋学者クストーの本をどれでもいい、1冊読んでみてほしい。わたしたちが生きる世界のすぐ近くに、こんなにも神秘的で不思議な世界が広がっていることをきみは知るだろう。
ちなみに彼は生前こんな言葉を残している。「海。いったんその魔法にかかると、その素晴らしい世界に、永遠に心を奪われ、探求しつづけることになる」
『イルカの日』著:ロベール・メルル 訳:三輪秀彦(早川書房)
ジョージ・C・スコット演じる博士の、イルカへのまっすぐな愛。そしてジョルジュ・ドルリューによる物哀しくも切ないタイトル・テーマ。マイク・ニコルズ監督による『イルカの日』(1973)という映画は、海洋生物をテーマにした映画のなかでも一際感動的で美しい。
「ファー」と名付けられ、呼吸孔から出すかわいらしい声で博士のことを「パー(パパ)」と呼ぶ1頭のイルカ。我が子同然に育てた知能指数の高いそのイルカは、やがて言語を覚えるまでに成長する。博士の研究を知り、軍事目的に悪用しようとする国家と、博士夫婦とイルカたちのイノセントな魂の交流。
1967年にフランスのガリマール出版から、そして1977年に日本では早川書房から邦訳版が刊行されたフランスの作家ロベール・メルルによる原作は、イルカたちや博士(原作ではセヴィラ教授)のモノローグがとてつもなく美しい。それらは自分たちの営利や都合のために、自然や動物たちすら利用しようとする愚かな人間たちへの警告であり、偉大なる海の生物たちに捧げられた一篇の長い詩のようでもある。
『彼は海にむかう』著:佐藤秀明、片岡義男 (東京書籍)
片岡義男という作家の書くものは、たとえそれが荒涼とした平原や、近代的な都市を描いた文章であったとしても、どこか海から吹いてくる潮風のようなウェットさを感じる。だから彼のどの著作を読んでも、主題が何であれ、常に海のことを書いているのではないか、という気すらしてくる。彼の書くものはなんでも好きだしお気に入りだが、ここでは特に写真家・佐藤秀明とタッグを組んだ何冊かの著書から1冊を選んでみたい。
どこまでも青く、透明な海。吹きつける風のように飛沫を上げる波。そのなかを進んでいくサーフィンに興じる若者たちの、大きく力強い肉体とコントラストを成すように黒く威嚇しながら立ちはだかる壁のような大波。佐藤秀明氏が眼前にある海岸線や波乗りや、一日の終わりに現れる夕日を記録するように写したフィルムと、片岡氏のメンソールの煙草のように爽快で、安らぎに満ちた文章が組み合わさるとき、記憶のなかにある波音と、海のイメージが浮かび上がる。永遠に読み終えずに手元に置いておきたい1冊。
『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』著:村上春樹(新潮社)
すべてのウィスキーは水である。つまるところ、すべてのウィスキーは海に行き着く。なかでも、スコットランドのアイラ島で造られるシングルモルト・ウィスキーは海を感じる。たとえばアードベッグという蒸留所で造られたスコッチ・ウィスキーは海沿いの熟成庫で熟成されることで、潮風を浴びた独特の風味、塩辛さを帯びる。北と西に大西洋を、北東に北海を、そして南をアイリッシュ海に囲まれた島国で造られるそのウィスキーに魅せられた作家の村上春樹が、妻と共にウィスキーの故郷ともいえるスコットランドのアイラ島の7つの蒸溜所を訪ね、シングル・モルトを堪能し、アイルランドではパブに立ち寄りアイリッシュ・ウィスキーを楽しむ。島や蒸留所、パブの雰囲気を捉えたたくさんの写真と共に、リラックスした雰囲気で綴られた紀行文は、口元にあの豊潤な苦味を、鼻先に独特のピート臭を、そして開け放たれた窓からふわりと潮風を運んでくるような読後感を与えてくれる
新刊本・洋書・古書・レコード・CD・雑貨などを取り扱う盛岡にある本屋「BOOKNERD」。「本オタク」という意味の店名通り、独自の視点でセレクトされた本が並ぶ。出版も行い、自著の他に『わたしを空腹にしないほうがいい』『東京』などがある。