みなとラボ通信

Read the Sea vol.28

カモシカ書店/岩尾晋作

2023.09.08

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.27は大分県にある本屋「カモシカ書店」の岩尾晋作さん。

小中高校生に読んでもらいたい「海」に関する本

『あこがれの星をめざして』文:ラッセル・ホーバン 絵:パトリック・ベンソン 訳:久山太市(評論社)

幼稚園に行くのも嫌だし、友だちと遊ぶのも嫌だ。家族で過ごせればいちばん幸せだ。子どもの頃、僕はいつもそう思っていた。知らない世界は怖い。母のいる安全な場所にずっといたかった。

僕はいま2歳の子どもを育てながら、どこにも行きたくなかったあの気持ちを克明に思い出す。そして当然の感情だったのだと振り返る。幼年時代は親によって全てが満たされる。

でもそれはいつか終わるのだ。家の外に行かなければならない決まりのような、圧力のようなものを感じる。人はなぜわざわざ安寧の地に背を向け歩きだすのだろうか? それどころか、いずれは遠くに行けば行くほど、人は充実感を感じさえするのである。

子どもは、母親に守られながら遊ぶ海で、世界の広さを無意識に受け取っている。雷を恐れながら遥かな空に思いを馳せている。人が家からでて、遠くを目指すのは誰かの圧力などではない。このウミドリの物語はそれを詩的に教えてくれる。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『フーテン(全)』著:永島慎二(ちくま文庫)〈古書〉

60年代、新宿のはみ出し者。フーテンたちの生き方を描いたこの漫画を読み終えたとき、僕は立ち上がれなくなった。共感とも感動とも違う、衝撃があった。永島慎二の描く自由で惨めなフーテンたちはみな、一瞬、どうしようもなく美しく光る。その光は本当に一瞬で、みえるけど記憶できない。そんな美しさに痺れてしまったのだ。

好きなシーンがある。作者の分身、漫画家の長暇貧二は盗んだ車やパトロンが払うタクシーでフーテンたちと湘南の海に行く。漁師などの生活者を横目に海で馬鹿騒ぎをした後、「仕事をしなくちゃ」と長暇はひとり帰っていく。

幼いころには海は世界の広さを教えてくれたが、20歳も超えたら僕らは世界が広いことなどわかりきっているものだ。自分の小ささや限界。ビーチという非日常だけでは生きていけないこと。そんな現実が海の広さの裏側にぴったりと張り付いている。清濁を合わせ飲んで生きていく僕ら大人の海が、そこにはあった。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『海の童話』著:恩地孝四郎(版画荘)〈古書〉

古書店として20世紀美術と日本近代文学を追いかけている。特に大正から昭和初期の日本文化の独特なエネルギーが好きだ。マヴォ、文化学院、モダニスト詩人たち。戦争による断絶がなければ、どれほど独自の文化を日本は築き上げていただろうか。その時代に芸術家・恩地孝四郎は日本で一番最初に抽象表現をした。

この本は1934年刊行。余白や色使いなどいまみても新しく、西洋のシュルレアリスムの影響もみられ飽きることがない。しかし最も驚くのは、制作の全てを恩地孝四郎自身が手掛けていることだ。すなわち、レイアウト、フォント、挿画、装幀、詩にいたる全てが恩地の作品で、そのような本は世界でも類をみない。

この本は、美術品だ。じっくり向き合っていると、普段の読書とは全く違う、特別な読書体験があることを教えてくれる。そして、軍国主義の旋風に消えていった幻の日本文化の大海原を、恩地が描く海岸からみているような気がしてくるのだ。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『エロスの涙』著:ジョルジュ・バタイユ 訳:森本和夫(現代思潮社)〈古書〉

二人でする性交と大勢でする乱交とでは、入浴と海水浴ほどの違いがあるとバタイユは言ったそうだが、そういうこととは別にバタイユの思想は海だ。

バタイユは人間の理性的な行為より、動物的・原始的な人間の奥底の力を重視する。何かを禁止する統治者より、規定の枠を逸脱する侵犯者にこそ生の喜びがあるのだと。ここで言うエロスは猥褻などではなく、その生の喜びのことだ。

思想による組織化、教条化を拒否し、常に「たったひとり」としての読者に語り続けたバタイユ。彼が目指したのは「共同体なきもののための共同体」だ。場所や時代、言語などあらゆる限界を超えた、ひとりひとりのための共同体。

その未知の世界で浮遊するのは気持ちがいい。限界がなく、どこに行き着くのかわかりはしない。大きな危険もありそうだ。それでも、戦争、貧富、環境問題。ここが人間の限界なのか? とも思える現代にこそ、バタイユの考えていたことに新しい希望があると僕は考えている。まずはあまり力まずに、芸術やエロスを通じてバタイユに心を揺さぶられてみよう。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「カモシカ書店」岩尾晋作

新刊・古書、希少本などを扱う大分の本屋「カモシカ書店」。店舗がある2階に上がる階段にも本やフライヤーが並び、入口までわくしわくしながら辿り着ける。併設されているカフェでは季節のドリンクなども楽しめ、ゆっくりとした時間を過ごせる。

住所:
大分県大分市中央町2-8-1-2F
営業時間:
11:00-20:00(火、水、金、土、日)
定休日:
月、木曜日
https://kamoshikabooks.com