みなとラボ通信
Read the Sea vol.27
2023.09.01
『はまべにはいしがいっぱい』 作:レオ=レオニ 訳:谷川俊太郎(好学社)
海や川に転がっている、たくさんの石ころ。一つひとつを手にとってよくみてみると、みんなが違った表情をしていて、それぞれに魅力を放っている。それに気づいた途端、ただの石ころだったものが、自分だけの宝物みたいにキラキラと輝き出す。
「はまべにはいしがいっぱい」は、「石拾い」というシンプルな遊びが持つ無限の可能性を、わずかな言葉と鉛筆一本での描画というミニマルさで見事に表現した素晴らしい作品です。いつかどこかの浜辺で拾った石ころはもう手元にはないけれど、そのときのワクワクやドキドキは、いまでも自分の心に残っている。この本を久しぶりに手に取ってみて、そんなことを思い出しました。
『小さき者たちの』 松村圭一郎(ミシマ社)
文化人類学者である松村圭一郎さんが、自身の故郷である熊本の地で生きる人々の暮らしの記録を、過去の文献を引用しながら読み解く一冊。
本書の中でも特に印象的だったのが、水俣についての記述です。石牟礼道子さんや原田正純さんなどが残した文献から、水俣病闘争の渦中にあった人々の声が取り上げられています。水俣で暮らす人々にとって、海は特別な存在でした。潮の満ち引きと共に生活し、海と心を通わせ、命と命が連鎖する世界の中に身を置くことが、生きることそのものだった。そのつながりが絶たれてしまったことは、水俣の人々にとってどれだけの損失だったのか。それは、当事者の言葉からしか感じ取ることの出来ないものだと思います。
『急がなくてもよいことを』ひうち棚(KADOKAWA)
子どもの頃に友達と市民会館で映画をみた日、実家に帰省してのんびり過ごした日、彼女と動物園に出かけた日。何気なく過ごした、名前もない一日を優しい眼差しと丁寧な筆致で描く、ひうち棚さんの漫画が大好きです。
巻末に収められた「海」という短編では、奥さんと二人のお子さんの家族四人で海水浴場に出かけた日のことが描かれています。貝殻を拾って、焼きそばとかき氷を食べて、晩ごはんをどうしようかと考えながら車で帰宅する。ありふれているけれど、大切で素敵な思い出。
ひうち棚さんはよくSNSで作品制作の様子を投稿してくれているのですが、そこに添えられている「漫画、少しずつ描いてます。」という一言に、いつもほっこりさせられています。
『死ぬまで生きる日記』土門蘭(生きのびるブックス)
幼少期から「死にたい」という気持ちに悩まされてきた著者の土門さん。家族も友だちもそばにいる、日々楽しみにしていることもあるのに、なぜ毎日のように死にたくなるのか。その長年の疑問の答えを、オンラインのカウンセリングを通して紐解いていきます。
幼少期の記憶を辿り、心の奥底に眠るイメージの断片を丁寧に、少しずつ繋ぎ合わせていくような土門さんとカウンセラーさんの対話の時間。読み進めるうちに、自分の心も解きほぐされていくような感覚を覚えました。
自分自身のままならない心と向き合うことは、深く暗い海の底を覗き込むことに似ている。そういった意味で、僕にとっては「海」を想起させる一冊になりました。
熊本の雑居ビル2階にある古本と新刊の本屋。オンラインストアでの販売からはじめ、2022年に実店舗をオープン。生き方や働き方、暮らし、カルチャーなどの新刊本のほか、ZINEやリトルプレスなども扱う。