みなとラボ通信

Read the Sea vol.5, 後半

2023.09.04

安藤瑠美

Imagine your sea

写真家が「海」をテーマに撮り下ろす連載企画「See the Sea」。vol.5は安藤瑠美が生まれ育った瀬戸内の海を撮影。窓からみえる海に思いをはせる。

幼い頃、眠れない夜には、布団の中で海のことを想像した。

瀬戸内のおだやかな海。

浜辺で聞いた波の音や水面に体を浮かせるような感覚を脳内で再生しては、長い夜を楽しんでいた。

今回、当時の朧げな海のイメージを頼りに、瀬戸内を旅することにした。海のみえる宿を選んで、波の音を聞きながら夜を過ごした。

目の前に実在する海と、記憶の中にある海が交差する。

さざなみと静けさが同居する。

旅の終わりに、幼い頃過ごした実家に辿り着く。

窓を覗くと、そこには再び海が存在していた。

窓枠で切り取られる風景が絵画のように美しい

―撮影、ありがとうございました。前回、コラージュを使った撮影のイメージをご共有いただきましたが、そこから改めてこういう作品になった経緯を教えていただけますでしょうか?

安 もともと、窓からみえる風景というものに興味がありました。そういう作品を学生のころからつくっていました。そのときは、窓越しにみえる風景は海ではなく、街中や自分の家の庭を撮りっぱなしだったり、合成みたいなことを試していました。窓というモチーフは同じですが、そこからみえる風景にどういう気持ちを込めたいか、という動機の部分が今回は全然違います。窓越しというフレームはもらって、あとは成り行き。瀬戸内をめぐる旅のロードムービー的なものになればおもしろいかなと思ってつくりました。

―やっぱり瀬戸内を撮りたいと。

安 そうですね。まずというか、ルーツなので。それ以外の海は知らないから、自分が思い描く海が基本こういうおだやかな海です。なので他の場所で同じように撮影したら、こんな風にはまるかというと違うかもしれないですね。最近、いきなり行っていきなり撮ることができないときが時々あるんです。そこに対する自分の感情がなくて、全然違う定義付けをしちゃったりすると途端に撮れなくなったり、撮りようがないというか。思い入れがないと撮れないのかもと最近感じています。

―そういう意味でも思い入れがある瀬戸内だったんですね。

安 直島と豊島と小豆島と実家の岡山で撮影しました。全部冬の海です。事前に眺めがいい場所を選んでいたんですけど、実際にどういう窓の風景があるかはわからなくて。行き当たりばったりというか、出たとこ勝負で探っていきました。2点は実家ですが、それ以外は瀬戸内でめぐり合った風景ですね。

―ご実家から海がみえるんですね。
安 あ、これ合成なんです。
―え!合成なんですか?これら全部ですか?

安 実家以外は撮りっぱなしの状態です。実際にそこの窓からみえる瀬戸内の海です。

―すごいロケーションですね。
安 でも意外とそういう場所に住んでいる人にとっては日常なのかもしれないですよね。どこまで意識しているかわからないですが、泊まったところの窓枠が額縁みたいにみえる瞬間があって、そこで切り取られる風景が絵画みたいに美しくて。すごく贅沢だなと思いました。椅子が置いてあるんですが、宿主のおばあちゃんがほぼ陣取っていて、こちらが何か言わなくてもずっと天気の話をしているんです。「もう少しで夕暮れかな〜」みたいな。独り言なのかこちらに話してくれているのかわからないけれど、なかなかない時間でした。

―みる時間帯で全然雰囲気が違いそうですね。
安 空の色によって海の色も変わってくるし、距離感でもみえ方が変わってきます。ずっとみていても、確かに飽きないんだろうなと思います。窓を開けていると、波の音もすごく近くで聞こえていました。

―ちなみに、ご実家の窓からみえるのは街の風景ですか?

安 私の実家すごく田舎なんですよ。山と畑ですね。あと、大きい国道が走っていて、トラックの音がすっごくうるさい。そういう場所です。

海への愛がマックスになる距離感がこれ

―どういう風に撮影していったのでしょうか?

安 まず東京を出て、瀬戸内の民宿やホテル、コンテナハウスみたいなところに泊まりました。最初に波の音や海の浮遊感を思い出しながら眠っていた小さい頃の感覚を取り戻したいと思って。波の音を聞きながら夜を過ごし、その感触を持ってそのまま実家に帰りました。昔と同じように波の音を思い浮かべながら一晩眠り、実家の窓から撮影。あとで、その窓からの風景に瀬戸内で撮った海を合成しました。最初は全部合成にする予定でしたが、それをする必要もないくらいそのままで美しかったんです。撮影にいく前は、ちょっとありえないシチュエーションも考えていました。ドアを開けると海とか、でもそうなると奇抜さに眼がいってしまう気がしました。そういうことよりはもっと自然な感じで、あまり合成を打ち出さない仕上がりの方がいいかなと。その方がシンプルですし、内と外に一体感があるような気がしたんです。

―室内と屋外という物理的な境界ではなく、自分の気持ちの内と外というのもあるんでしょうか?

安 実際はそこの風景をみているんですが、それと同時に自分の中の海をみているというか。抽象的ですがそういう気持ちに合う写真を選びました。だからといってコントロールをしているわけではないんですが、それでも明るさの部分は調整しています。自分がこの風景をみているときに、どこに意識を向けているのか。たとえば、室内が真っ暗だとどうしても海しかみえないので、一気に海に眼がいってします。それよりは徐々に徐々に視線を誘導させたかったので、確実に変化を持たせながら明るさを調整していきました。海から室内への時差を持たせ、室内の情景もみえてくる感じにできたらいいなと思っていました。
―海だけを撮るのではなく、室内も写していますよね。

安 なんですかね。あんまり言語化せず感覚的に求めている部分なんですけど、海をただ撮った写真だともう手に入れている状況だと思うんです。ゴールというか、目標の場所に着いてしまっている状態。そうではなくて、その1歩手前ぐらいにある海を撮りたかったのかもしれません。
―それが室内の空間を入れることだったと。
安 はい。実際海に行くと、ちゃぷちゃぷと水際で遊ぶだけで大満足なんです。写真を撮ることよりも海に入りたくなってしまう。私にとって、海への愛がマックスになる距離感がこれなのかもしれません。海に行くと五感がフルになりますよね。触感から音、匂い、視覚など感覚のすべてがあるから、それをまず受け止めるのが大優先というか。そういう中、視覚情報で海を捉えようとすると、いちばん眼とイマジネーションに集中できるのが私にとってはこの距離なのかなと思います。

感覚から感情につながっていける作品をつくりたい

―改めて「海」を意識して撮影したら、いままでとは違うところはありましたか?

安 今回、表情の違いを特に意識して撮ろうと思いました。1日の中で海の表情がどんどん変わって待ってくれないんです。極端な話、動かなくてもその1つの風景の中で海を感じることができたのは改めての発見でした。頭の中の海ってずっと同じ風景だったんですけど、実際は違ったなと。

―それは1つのところに滞在して、海と向き合ったからでしょうか?

安 いままで海というと、行って遊んで帰るという感じでしたが、 2、3日滞在して眺めるだけでも、十分新しい魅力があるなと思いました。

―自分と海の関係性に変化はありましたか?

安 昔から瀬戸内海が近くにあったし、私は海との距離が近いんだなと思いました。関係性というほどしっかりしたものではないんですが、いままではずっと変化しないものを撮りがちでした。建物とか特にですけど。ただ、そういうときも光の落ち方とか、ガラスがきらめいて壁に映った感じとか、そういうのを求めていた部分があったなと。一瞬の現象を写真に定着するとずっと残りますよね。一瞬を永遠にするみたいな行為は、すごくやりたかったことだなと思います。だからモチーフとして海はとても魅力的だなと思います。海は青のイメージですけど、ピンクやオレンジ、夜だったら黒とか色々あるじゃないですか。曇っていたら白とかグレー。多分、色にも感情がくっついている気がするんです。音に紐付いている人もいるかもしれないですけど、そういう感覚からいろんな感情につながっていける作品をつくりたいなと思いますね。

―安藤さんの中では感情とリンクしている感じでしょうか?
安 悲しい、楽しいみたいに振り切れた感情はないのですが、これはちょっと管弦楽っぽい、ノイズっぽいとか童謡が聞こえそうな感じとか、老夫婦が座って懐メロを聞いている感じとか、子どもたちがキャイキャイ外で遊んで笑っている声がするとか。イメージですけど、人によって全然違うと思います。全然違うんだけど、それがまたおもしろいですよね。

―一見海をみるとおだやかで、そこに差はないように感じますが、安藤さんが思い描くイメージはこんなにも違うんですね。

安 実際に瀬戸内で遊んだ記憶や経験があるので、そういう差が出てくるんだと思います。自分の中にある情景が全部反映されているので、初めてみる人はそんなに差を感じないかもしれません。

―今回の作品は、自分もみたことがあるかもしれない風景というか、想像ができる感じがします。私がみた風景ではないのですが、室内から外の景色をみるという行為は多分みんなしたことがあるので、なんとなく重ねられる部分がありそうだなと。

安 そうなると嬉しいですね。無理やりそこに連れ込んでみせている感じにならないようにしたいなと思って撮りました。

 ―これからもこういう海のシリーズを続けてみようかなとか思われますか?

安 はい。自分の中でも好きな作品になったので、これとまったく同じかはわかりませんが、もう少し続けたいなと思います。
―作品をつくったことで、海についてもっと知りたいとか、深めたいことはありますか?

安 海をみる場所での違いや差を感じてみたいなというのはあります。作品にするとかは関係なく、個人的に興味があります。海の近くに住んでいる人は、より多面的に捉えている気がします。怖いものとしてみている人もいるだろうし、逆に遊び場みたいに思う人もいたり。現実的なことじゃなく概念的でもいいんですけど、海をどういうものとして捉えているのかという部分ですね。

―その土地土地の海を、そこに住んでいる人が撮影するワークショップとかをしてもおもしろそうですね。海をどう捉えているか、私たちが思う海とはまた違ったものがみえてきそうです。

安 自分のお気に入りの海のスポットを撮るのも良さそうですね。今回の作品みたいに、合成してみてもおもしろいかも。家の窓の風景を撮ってきてもらって、海の写真と合わせるとか。
―いいですね!楽しそう!色々できそうです。そのときはぜひよろしくお願いします!

安 はい。よろしくお願いします。

安藤瑠美(あんどうるみ)

岡山県生まれ。2010年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。2015年、アマナグループの株式会社アンに入社。2021年に独立し、フリーの写真家、レタッチャーとして制作を続けている。2019年にTHE REFERENCE ASIA「PHOTO PRIZE 2019」ナタリー・ハーシュドーファー選優秀作受賞。写真集『TOKYO NUDE』では、都市の看板や窓などの情報をレタッチし、どこか違和感のある作品に仕上げている。好きな海の生き物は「桜貝」。