みなとラボ通信
Read the Sea vol.30
2023.10.20
『旅と移動 鶴見俊輔コレクション3』 著:鶴見俊輔 編:黒川創(河出文庫)
中学生、高校生でなくてもいい。とにかく早いうちに、この文章に触れてほしい。そう思わずにいられない。本書冒頭に収められた「中浜万次郎──行動力に満ちた海の男」を読んで、つよく唸った。
1841 年に遭難、ハワイ沖の無人島でアメリカの捕鯨船に保護された土佐の漁師5 人がいた。はじめてみる異国人におののきながらも、食事を与えられ、身ぶり手ぶりで交流するうちに彼らは英語を独習していく。たとえば、水は「ワタ(water)」、秋は「ヲタム(autumn)」、国は「ネション(nation)」という風に。なぜ、日本の学校でこのように英語を教えないのだろう? こんな風に教えてくれたら、臆せず英語を使えるようになるのに。
捕鯨船の船長に導かれ、アメリカに渡った中浜万次郎(他の4 人はハワイで下船)は彼の地で一から教育を受け、仕事を得たのち日本に戻る。ペリーの来航よりも数年早く、日本と米国を行き来して、海上で思想を得た人がいた。そのことを多くの人に知ってほしい。
『上林曉 傑作小説集 孤独先生』著:上林曉 撰:山本善行(夏葉社)
“すぐ外洋の海辺へ出た。ここはまた袋浦とは反対に、穏やかな波が真砂を噛んでいた。富岡の町はそれ自身防波堤の役目をしているのだ。月は高く小さくなっていた。潮煙に煙った沖の方から、月の光を浴びながら漁船が四五艘漕ぎかえって来た。”(「天草旅行」より)
上林曉自身が「淡彩風な描写」と呼び、「自分でも得意とするところ」と語る風景描写──特に、海と月の ── が楽しめる冒頭の短篇「天草旅行」が印象に残る。この作品に触れて、酒好きの私小説家というイメージだけでとらえていた著者のイメージが更新された。水彩の風景画をとおして身につけた自然をみる眼で言葉をつむぐ手法は静かに、されど確かに読み手のイメージを広げる。今、ここではない、遠い記憶をよみがえらせる効能もある。
深い青で彩られた阿部海太による装画からも、海の広さ、流れの大きさが感じられる。
※参考「まともな文章」(山本善行 編『文と本と旅と 上林曉精選随筆集』所収)
『愉快のしるし』著:永井宏 (信陽堂)
フリーの編集者時代に逗子(のちに葉山)に移住し、ギャラリーを運営しながら美術作家としての活動をはじめた永井宏。本書には、同じ海沿いの町で営まれる洋服ブランド「sunshine+cloud」のシーズン毎のカタログに永井が短いテキストを添えて発表を始めた1995 年から2011 年までに書き継いだ956 本が収録されている。
海の近くで暮らす気分や工夫、ちょっとしたメモのような短文で成り立っているから、真面目に読もうとするとリズムが出ない。でも、テキストの気分に合わせて、軽い気持ちでページを繰っていくと、読むほどにみつかるものがある。暮らしのなかにある小さな変化、季節の移ろい、自分自身の気の持ちように意識して目を向けること。できるだけ自然に、虚勢を張らずに過ごしてみる。そんな、意志のある気楽さがくりかえし謳われている。
のんきに響くかもしれないが、今こそ、こんな本が必要なのだ。
『沖縄はレコの島』著:田口史人(円盤のレコブック)
黒猫(旧:円盤)店主・田口史人が執筆、出力、製本までを自身で手がける「円盤のレコブック」はインディー出版の異端であり、希望とも言える。簡素な佇まいであっても内容に力があれば、本としての存在感は確かなものになる。体裁ばかりに注目が集まる風潮にあって、一見地味なこの冊子の在り方から得たものは大きい。
2018 年作の『沖縄はレコの島』は著者が集めた約1500 枚の沖縄現地盤シングルレコードに針を落とし、耳を向け、読み取った沖縄の社会、文化の変遷をつづったディスクガイド。戦前にはじまり、日本の敗戦から沖縄の本土復帰、悪夢と言われた1975 年の海洋博、沖縄音楽史上最大の暴れ馬・喜納昌吉の登場、批評家・竹中労が与えた影響……と、海を隔てた内地と沖縄との距離から生まれる感情、歌い手やレーベル主の思惑までをも描き出した、稀有な本である。ゴシップ的に面白がるのではなく、レコードの存在を尊びながら、真摯に耳を傾ける著者の姿勢に感服する。
茨城県にある古本、新刊だけでなくレコードやCDなども扱う本屋「PEOPLE BOOKSTORE」。音楽イベントを企画したり、本屋の枠にとらわれない活動を行い、街の文化を耕している。