みなとラボ通信

Read the Sea vol.31

本・中川/中川美里

2023.10.27

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.31は長野県にある本屋「本・中川」の中川美里さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『わたり鳥』鈴木まもる(童心社)

いつもそこにいると思っていた鳥たちは、はるか遠い別の国からわざわざ海を越えてやってきていました。あの小さな体で、何千キロも、地図も見ないで。

鳥たちには人間が設けた国や国境という概念はなく、太陽や月や星の動き、風や雲の流れや空気の匂いなどを感じながら、海を越え、山を越え、より住みよい場所、食べるものが取れる場所へ季節ごとに渡り、命をつないでいます。

人と人の間にばかり気持ちが向いていると、どうしても息苦しさやいさかいが起きてしまいますが、身近に生きている鳥や、他の生き物たちに目を向けてみると、そこには想像もつかない世界が広がっています。地球は丸く、大陸の間に海が広がっていて、人間の他にもたくさんの生き物がそれぞれの環境に生きている。当たり前のことのようですが、その星の上で起きていること、人間が与えている影響など、私たちはどれだけ知っているでしょうか。

鳥の巣研究家としても知られている著者の鈴木まもるさんは、『わたり鳥』以外にも鳥に関する本をたくさん出版されていますので、興味を持って読んでもらえたらいいなと思います。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『クレヨンで描いた おいしい魚図鑑』加藤休ミ(晶文社)

ツヤツヤのツナ缶の表紙に思わず、美味しそう!と手が伸びます。

魚図鑑、だけどこれは『おいしい魚図鑑』、魚料理の図鑑なのです。

「さんまの塩焼き」「金目鯛の煮付け」「鯖の文化干し」「あじの開き」、ページをめくってもめくっても美味しそうな魚料理が現れ、香ばしい匂いや湯気まで感じて、見れば見るほどおなかがすいてきます。編集のスナメリ舎さんの各魚の解説(レシピ)を読みながら居酒屋でメニューを選ぶような楽しさ。

「魚の一生」という項目では、サケが海で生きる第一期、地上に水揚げ、卸売からスーパーや料理人の手へと移動する第二期、下ごしらえから食卓にあがるまでの第三期をユーモアたっぷりに紹介。

そして驚くことに、写真のように見える図鑑の絵はすべて、クレヨンやクレパスを使って描かれているのです。子どもに大人気な絵本を何冊も出版している加藤休ミさんですが、北海道の美味しい魚を食べて育った画家の説得力のある画力に、大人の皆さんも夢中で舌鼓を打つでしょう。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『ぼくとたいようのふね』nakaban(BL出版)

眠れない夜、少年は小さな船を手に、ぐねぐね道を歩いて小川のふちの港まで。

月夜の小川へ、小さな”ぼく”を乗せた小船を浮かべます。

小船は川から海へと、夜から朝へと進み続けて大きく膨らみます。

深い夜の青から、朝へとうつろう場面では、思わず目を細めてしまうほど眩しく光が溢れ、息を飲む美しさ。「まだまだいこう」という言葉に背中を押され、最後の場面には喜びと誇らしさが溢れて、胸が膨らむ宝物の一冊です。

海のない山に囲まれた盆地で育った私にとって、海は遠く憧れの存在でした。小学校の登下校で渡る橋の上から水の流れを眺めては、船の先頭に立ち、海を進んでいるような感覚になってわくわくした日々。その身近な川がやがて海までつながっている、とわかったときの胸のときめきを『ぼくとたいようのふね』を開くと鮮やかに思い出します。

「本屋さんこそ、旅に出なくちゃ」とこの絵本を描いた画家に言われたことがあります。その言葉はずっと私の希望の灯であり、また思うように旅に出ることができない私への課題の様でもあります。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『はじまりのひ』かわうちりんこ(求龍堂)

この本を手にした瞬間、たっぷりと水分を含んだ生命体を抱いたような重みを感じました。赤ちゃん絵本でよく使われるような厚紙のボードブックで、実際の重さもあるからでしょうか。

波打ち際のような写真も、「さざなみ」という言葉も出てくるので、海を想起するのは自然な流れなのかもしれませんが、海をテーマにした写真集ではないのに、全体的に寄せては返す柔らかな波のような心地よい揺らめき、生命の源である海の深さ、大きさを感じたのです。

川内さんは44歳で出産、母になる体験を通して芽生えた気づきをこの絵本に仕立てたと読み、腑に落ちました。生と死とは両極端ではなく、ひと連なりであるということが、写真と短い言葉で綴られています。

「くらいトンネルはぬけられましたか」というページで私はいつも手が止まり、若い頃の息苦しく行き場のない想いを抱えた際、母が車で連れ出してくれたときのことを思い出すのです。山道の暗いトンネルをいくつも越えてたどり着いた、どこまでも広がっていそうな新潟の空と海の景色を忘れることはありません。


この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「本・中川」中川美里

長野にある絵本や画集、写真集などを中心とした新刊・古書を扱う本屋「本・中川」。年に何回か絵本の原画展や企画展を開催している。オンラインショップでは、企画展の作家書籍や作品を中心に販売している。

住所:
長野県松本市元町1-3-27
営業時間:
12:00 〜 18:00(金・土は19:00まで)
定休日:
月、火曜日
https://honnakagawa.tumblr.com