みなとラボ通信
Read the Sea vol.33
2023.12.01
『イカイカレース』しおだまりん(たこのまくら書店)
「イカのこどものいっちゃんとかっちゃんが、イカおうこくのおうさまをきめるイカイカレースにちょうせんする」、小さい子ども向けの絵本。
著者は20年間「インタープリター」という海の自然案内人を務めてきた、海洋生物の専門家。この本を細かく見ると、主人公のイカはもちろん、登場する海の生き物の様子や生態が、科学者の視点でさり気なくもしっかりと描き込まれているのがわかる。
そこに「子ども向けだから」という妥協はなく、著者自身の自然の観察眼と海の生き物への愛情がたっぷり注ぎ込まれたのが伝わってくる一冊。海の青色の鮮やかさも印象的で、パラパラめくるだけで目の癒しにも。
『死ぬまでに行きたい海』岸本佐知子(スイッチ・パブリッシング)
“超”がつくほどの出不精を自認する翻訳家の著者が、気の向くままに出かけて綴った、雑誌『MONKEY』の連載をまとめたエッセイ集。
特別なことは起こらない。行く先々で出会う風景と著者の脳裏をよぎる記憶とがシンクロするとき、新しくてどこか懐かしい心象風景が立ち上がる。
22章の行先はバラバラで、横浜、海芝浦、YRP野比、三崎、鋸南などの海の行先はあるものの、海ではない場所の方が多い。だけどどこか全体に海を感じるのは、タイトルから想像されるように、著者は心の奥底でいつも海を目指しているからではないか、と想像したり。
連載は今も続き、著者自身にもどこかわからなくなっている「死ぬまでに行きたい海」に辿り着けるときはやって来るのだろうか。
『海の見える無人駅 絶景の先にある物語 』清水浩史(河出書房新社)
海に囲まれ、鉄道網の発達した日本。線路が海沿いに敷かれることは多く、海が近い駅もたくさんあるが、ホームから海を臨める駅は意外と多くはない。この本は貴重な海を臨める全国の駅の中から、30の「海の見える無人駅」を厳選し、写真付きで紹介している。
単なるガイドブックではなく、訪れた海駅周辺を歩いて回り、その地域の良質なルポにもなっていて、海の絶景だけではなく、その地域の歴史や人、文化など「もうひとつの景色」を見せてくれるところがいい。
自分のような「乗り鉄」にとって、海の見える風景の中を鉄道で旅するのは至福の時間。日常に疲れたら、旅愁を誘う場所に旅に出たくなる。忙しくてそれができないとき、この本のページをそっとめくる。
『そして市場は続く』橋本倫史(本の雑誌社)
沖縄は、今は日本に属しているがもともとは琉球という異国であり、自分の感覚で言うと東南アジアの北端という感じがする。沖縄に行ったことは数回程度だが、どこでも海が近いせいか、街中であっても海からの風を感じるやわらかな記憶が残っている。
今年、建て替え工事を終えて再オープンした那覇市の第一牧志公設市場。地元で愛され観光地としても賑わう場所の建て替えは、市場界隈の人々にどんな影響を及ぼしたのか。2019~2022年の4年間の建て替え工事中の街と人を丹念な取材でとらえた記録は、ページをめくるだけで沖縄の風土の匂いが立ち上がってくるよう。
市場の下には、今は暗渠となった「ガーブ川」という川が流れているそうだ。川を流れる水はやがて海へと流れゆく。川を介して街の人の暮らしは海と繋がり、海を介して私たちの日常とも繋がってゆく。
「風通しのいい本屋」をコンセプトに人文・社会系を中心とした新刊書店。ここには、みんなのための本はない。あなたのための本がある。「ポルベニール」はスペイン語で未来という意味。