みなとラボ通信

Read the Sea vol.34

YATO/佐々木友紀

2023.12.08

さまざまな選書者が「海」をテーマに選書をする連載企画「Read the Sea」。vol.34は東京都墨田区にある本屋「YATO」の佐々木友紀さん。

子どもに読んでもらいたい「海」に関する本

『海洋を冒険する切り絵・しかけ図鑑』絵:エレーヌ・ドゥルヴェール、文:エマニュエル・グランドマン、訳:檜垣裕美、監修:三宅裕志(科学同人、2022年)

化学同人から出ているフランス生まれのこちらのシリーズは、海洋以外のシリーズもすべて美しく繊細な切り絵と様々な仕掛けがあり、理解するための理にかなった美しいデザインです。子どもの頃この本が読みたかった!と心から私も思ってしまったくらいオススメできるものです。

この海洋編もみどころ沢山です。淡い水色の海面から真っ黒な深海まで、徐々に紙面の色が変化していく仕掛けのところなどは、自分の体を使ってページを開いて「体感できるものの道理」という感じで楽しく色々なことを理解できると思うので、もう小学生に上がる前からでも読んでほしいくらい素晴らしい読書体験ができる美しく楽しい本だと思います。

ただ1 つだけ問題がありまして、こちらはすべての漢字にはふりがながついておりません。そして繊細な本ということもあり、子どもがひとりで読むとすぐグジャグジャにしてしまう可能性があります。ということで家の方がどなたか一緒に読んであげてくださいませ。そこだけご注意ください。

大人に読んでもらいたい「海」に関する本

『ドキュメンタリーの海へ:記録映画作家・土本典昭との対話』土本典昭、石坂健治(現代書館、2008年)

「大人に読んでもらいたい」というと、この本が思い浮かびました。10代の頃から小川紳助・土本典昭という日本のドキュメンタリー映画界の2トップの作品に触れてきました。世界的にも近年評価が高まるばかりですが、日本での評価はというと、適正なものには私は感じられません。特に水俣での映画は日本人の成人の50%以上は観ててもいいんじゃないの?そうしたら確実に世の中少しは良くなるよ‼︎ と私は本気で思っているくらいの作品群であります。こちら、観られたあとに読むととても興味深く面白い本であることは私が保証いたします。また不知火海以外にも『海盗り -下北半島・浜関根』と津軽海峡周辺も撮っておりますので海を愛する方に広くオススメできます。どちらも2023年の現在にも通底するテーマですが、基本的に根本的に、海を汚してはいけません。あしからず。

自分にとっての「海」に関するお気に入りの1冊

『ただ波に乗る Just Surf―サーフィンのエスノグラフィー―』水野 英莉(晃洋書房、2020年

エスノグラフィーとは「民族誌」と訳され、文化人類学、社会学におけるフィールドワーク(観察・インタビュー等) から社会や集団を調査する手法/調査書のことです。

こちらは女性の社会学の研究者であり、「どう見積もっても、私はサーフィンがうまい方ではない」という著者自身による、自身の体験を詳細に辿ったオートエスノグラフィーであり、サーフィンを行うという中で女性であることに焦点を当てるフェミニストエスノグラフィー。

本書の「はじめに」に、“「ただサーフィンがしたい(I just want to surf.)」というのは、サーフィンの楽しさに夢中になったサーファーが、学校や職場、家庭生活などの日常生活に戻らなければならないときに、悲しげにあるいはもどかしげに口にすることばだ。”とありますが、ただサーフィンを愛し、ただサーフィンをすることの困難に著者は直面します。男性中心的かつ白人中心的な世界で女性であること。大自然の中でどうしようもなく人間的である制度に絡め取られること。社会システムとライフスタイル、スポーツと余暇、性や出自による様々なカテゴライズと制約。スポーツに関しての本などにありがちな「○○は素晴らしいし広めたい」という発想がまったくないため、ただただひとりのサーファーの視点からみたサーフィンの世界の素晴らしいところも不都合な面も、ありのままに描かれているのが大変に面白かったです。

海は出てこないが「海」を感じられる1冊

『地上で僕らはつかの間きらめく』著:オーシャン・ヴオン 訳:木原善彦(新潮社、2021年)

読み書きの出来ない母に向けて書かれた手紙の体裁を取った、1988年ベトナム・ホーチミン生まれのオーシャン・ヴオンの自伝的小説。著者は幼い頃に家族とともにアメリカに移住したベトナム系アメリカ人。

ある日彼の母が「”ビーチ”に行きたい」と客に話したとき、「あなたの発音だと”ビッチ”に聞こえるから、代わりに”オーシャン”を使った方がいい」とすすめられます。彼女は祖国と米国を繋ぐ大洋を意味するこの語が気に入って、息子の名前をオーシャンに変えました。

著者はアメリカに来て間もない頃、母と祖母と一緒に買い物に行き、言語の問題で望みのオックス・テールが全然手に入らず惨めな思いをする。その日の夜「代わりにしゃべってほしいと母さんに言われたのに言葉に窮するなんて、今後は絶対ないようにしよう」と決意した。

その後から家族の気持ちを伝える通訳となるなど、言葉に関しては大変な苦労があったと思うのですが、そのことが自身の素晴らしい名前になることも呼びよせていたり、感傷と昇華が言語と生存/生活という実存的な大変な苦労の中で絡まって繰り返されます。

この小説は近年の私のオススメ小説トップクラスで色々な人にすすめては相当な好評をいただいているのですが、その出自と地理的な問題から、そしてその名前から、背後に海のイメージを感じざるを得ない大傑作なのでとりあえず騙されたと思って読んでみてください。いまの日本での認知度よりはるか上の、色々な人にとって本当に特別な作家になりうる、もの凄いポテンシャルがある作品だと思っています。

この活動は日本財団の助成により実施しています。

選書・文:
「YATO」佐々木友紀

YATOという店名は「本屋やコーヒーとsomething」の助詞である「や」と「と」から由来する。縦長の店内には人文系、哲学、文学、映画、アートなどを中心とした新刊の本が並ぶ。店主は高校教師の経験もある。

住所:
東京都墨田区石原1丁目25-3
営業時間:
14:00~21:00(金~火)13:00-20:00(日)
定休日:
水・木曜日※最新の営業日はSNSをご覧ください
https://yatobooks.com/