独創的かつ革新的なデザインで世界中のデザインファンを魅了するスターデザイナー、トム・ディクソン。素材が持つ新たな可能性や開発にも力を注いできた彼は、カリブ海のバハマで海中で成長する椅子「Accretion chairs」を開発しているという。デザイナーにとって持続可能な素材とは何か。また新たな素材開発に託される未来とはどんなものなのか。この春、自らの名を冠したブランドの新作発表で来日したトム・ディクソンにインタビューを行った。
イギリス・ロンドンを拠点に活躍するトム・ディクソンは、常に独自のスタンスで活動を続けてきたデザイナーだ。デザイナー以前に音楽活動をしていたことで知られ、彼が結成したニュー・ウェイブ時代のバンドはザ・クラッシュの前座をも務めた。同時期に事故でバイクを大破させたディクソンは、自らバーナーで修理をはじめる。これが彼をデザインの道へ進ませるきっかけとなった。やがてテレンス・コンランが立ち上げたイギリスのインテリアブランド〈ハビタ〉でデザインディレクターを務め、さらに自らの名を冠したブランドを立ち上げた。そこで発表する家具や照明は、新たなデザインの潮流を生み出した。常に商業的な成功を手にしてきたディクソンだが、それを支えるのは挑戦的な試みだ。
いま彼は、バハマで新たなプロジェクトを進めている。それは炭酸カルシウムの蓄積が生み出す素材「バイオロック」を用いて、海中の工場で家具や構造物を育てるという内容だ。革新的な素材の活用に自ら関わりながら、デザインと製造における持続可能性を探求する。さらにこの素材はサンゴを再生し、海洋生物が多く暮らす居住環境を守るとともに、防波堤などの人工的な構造物に変わって沿岸浸食を防ぐ「再生可能な代替品」ともディクソンはいう。あらためて彼の足跡と海への関心を聞いていこう。
Q いつから海に興味を持ち始めましたか?
「僕はチュニジア・スファックスに生まれ、後にエジプト・スエズへ移ったんだ。どちらも港町だから、小さな頃からよく海には行っていた。母がフランス系で、子どもの頃からイタリアやフランスのビーチにもよく行ったよ。ビーチで過ごす時間はとても長かったんだ」
Q いま、多くのデザイナーが素材の持続可能性に興味を持っています。一方でディクソンさんはいち早く、1980年代から自身で素材を扱ってきました。その動機を教えてください。
「僕は多くのデザイナーと正反対の人生を歩んできたんじゃないかな。そもそもデザイナーになりたいという野心はなかったし、学校ではなく素材やプロセスにデザインそのものを学んだ。高校時代は学内のセラミック・スタジオを隠れ家にしていたことはあったけどね(笑)。ものづくりのきっかけは溶接の方法を学んだことにある。僕はヴィンテージカーとオートバイを持っていて、自分のガレージでそれらを修理するために溶接の手法を知る必要があった。練習のために金属のかけらを探すうち、それらゴミの欠片が最初にデザインした椅子にインスピレーションを与えてくれた」
Q 最近、ますます多くのデザイナーが素材に興味を持つようになりました。このトレンドについてどう思いますか?
「素材というよりも、それをどう加工するかという点でエキサイティングな時代だと思う。人々はますます天然素材に興味を持っているね。製造業もデジタル化が進み、簡単に素材を加工するハイテクツールが手に入るようになった。それで時代は大きな転換点を迎えている。もちろん科学技術の進歩もめざましい。たとえば、以前は無視されていたキノコのような素材も新しい方法で使うことができるようになった。それはまるで、かつて動物性ではない人工皮革を作ったような視点に近いんじゃないかな」
Q あなたのバハマ・プロジェクトを初めて見たとき、これまで目にしたことのない内容で衝撃を受けました。その背景にある動機を教えてください。
「最先端と言ってくれるのはうれしいけれど、実はそれほど新しいものではないんだ。この技術を発明した建築家のウルフ・ヒルベルトは、すでにこの世にいないからね。彼は水中に都市を作り、それを浮かべることを夢見た人物だ。1976年、ヒルベルトは「ミネラル・アクレション・テクノロジー」を発明した。海中に帯電した金属製フレームワークを設置し、炭酸カルシウムを蓄積することで「バイオロック」と呼ばれる石灰岩の堆積物を形成する仕組みだ。天然のセメントと考えるとわかりやすいだろう。彼はこれで海底に都市を建設し、最終的には水面に浮上させるという計画を考えていたんだ」
Q どうやってこのプロジェクトを知ったのですか。
「インターネットで見つけたんだ。そして、すでにこのプロジェクトを復活させようとしている人たちもいた。私はこれに触発され、バハマ沿岸で石灰岩の家具「ACCRETION」を制作した。椅子を作るのに最も賢い方法ではないのは明らかだ。家具に必要な天然のセメントを形成するには3〜4年ほどかかる。しかし興味深いことに、この帯電する仕組みが侵食されたサンゴ礁を刺激し再生することもわかった。熱に強いサンゴの小さな断片をフレームワークに結びつけると、電気の刺激を与えない場合に比べて4〜5倍の速さで再生する。いまはプロジェクトをさらに前進させ、水中にもう少し恒久的で大きな構造物を設置したいと考えているところだ」
Q 水中に金属フレームを設置することで持続可能性は担保されるのでしょうか。
「電気代はかかるけど、電気を通せば金属は錆びない。いつかはフレームの金属が必要なくなるくらい大きな構造物になるだろうしね。大きな問題は、これが水面下という人々の生活から遠く離れたところにあることだ。つまり、あまり反応がない。面白いことにデザインの講義でこのプロジェクトを見せると、他のプロジェクト以上に質問が多い。人々は間違いなく、近年地球上で起こっている大きな問題の解決策に興味がある。けれど、将来的に商業的なモデルになるかを予見することが難しいのだろう。これを適切な場所で実験することはとても難しいんだ。だから私はブティックホテルをパートナーに選んだ。先日もモルディブに行き、高級ホテルの水中にこれらの構造物を数点設置したばかりだよ。つまり、高級ホテルが生物学と科学に資金を提供している。プロジェクトの資金調達のために販売することができるものを作ることも非常に重要なことだからね。自分のプロジェクトに資金を投入するためには、常にスポンサーを探す必要がある。私の情熱は、常に新しい分野、新しいアイデアを見つけることにある。デザイナーであることの素晴らしさもまた、新しい分野や新しい場所を求めてデザインできることだと思う。もちろん持続可能性はいま最も重要なトピックのひとつだ」
Q なぜこの開発に力をいれるのでしょうか。
「コンクリートは海洋問題同様、持続可能性における大きな問題のひとつだ。セメントは世界全体で大量に排出されている。これを天然のセメントに置き換えることができたら、社会も変化するだろう。けれど海に金属を投入し、電気を与えることを許可してくれる人を見つけることはとても難しい。大きな課題は、人々がそれをやりたがるかどうかということではないんだ。これを許可する当局を見つけることこそが難問だよ。海洋保護や持続可能性の面においては、適切なデザイナーを参加させることがなによりも賢明だろう。最終的に彼らはデザインの力で、コミュニケーションを改善し、より少ない材料でより良い製品を作ろうとする。しかし最も重要なのは、現在のさまざまな問題に取り組む政府と法律の存在だ。デザイナーにできることは、すべてを結びつけること。そう、だからここに僕がいるんだ」
ユニークなフォルム、輝く素材、ロンドンのナイトライフを刺激する空間の数々といったトム・ディクソンの仕事を、その煌びやかなデザインだけで見るのはもったいない。ディクソンは非常に研究熱心なデザイナーであり、独自の視点で常に新たな可能性を探り続ける一人だ。そして優れたビジネスマンでもあるからこそ、実験的なアプローチをどのように継続していくかにも余念がない。海から生まれるセメント、その存在は海も陸も求める次世代のマテリアルとなるのかもしれない。
- 取材・文:
- 山田泰巨
- 撮影:
- 大谷宗平(ナカサアンドパートナーズ)