連載

AKI INOMATAのフィールドノート④ -茨城県北芸術祭-

2016.11.03

イベント地域ものづくりデザイン

生きものとの恊働作業によって作品制作をおこなうアーティストAKI INOMATAが制作のために訪れた各地でのエピソード、海にまつわるレポートをつづる連載第4弾。現在開催中でAKI INOMATAも参加しているKENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭と日立の海にまつわるお話です。

うのしまヴィラ

2016年9月17日より開催中のKENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭は、茨城県北部の6つの市町で開催中の展覧会だ。テーマは「海か、山か、芸術か?」。AKI INOMATAはこの芸術祭にて、現在、茨城県日立市の「うのしまヴィラ」という宿泊施設で展示をおこなっている。


うのしまヴィラと水平線

うのしまヴィラ前の海

うのしまヴィラは、海に面している。
オーナーの原田夫妻の美学により、その海は海水浴場に指定されていないため、ブイ、旗、パラソル等とは無縁だ。海の両側に、地層がむき出しの崖をたずさえ、太古から今へと続く時間さえ感じさせてくれる。
国境や国籍をモチーフとしたINOMATAの作品にとって、これ以上ない絶好のロケーションだと言って良いだろう。
日本は島国であるため、水平線の向こうを考えることは国境を考えることに繋がっている。
展示スペースからも「水平線」が見える。
目の前の海から海水を汲んで展示水槽に使用することで、海と展示を繋ぎ、眼前に広がる水平線へと思いを張り巡らせることができると考えた。
この日立の海の水を使って、展示をしよう。


日立の海水で展示を

日立の海水を展示に使うことは決まった。
正直、目の前の海の水を使えるとは、何て恵まれているのだろう。と思った。
何故なら、今までは、
水道水を運搬>中和>人工海水の素と攪拌>濃度・成分を調整・・
といった工程を経て人工海水を作る。もしくは、天然海水を(高額で)購入していたのだ。
というわけで、8月某日、試しに海水を汲んでみることにした。
バケツとタンクと比重計を持って、うのしまヴィラの目の前に広がる波打ち際へ。
多少濡れるのは覚悟の上で、ビーチサンダルも用意してきた。

撮影: 鈴木篤  うのしまヴィラ前の砂浜にて

ザッバーーーン
一瞬で、全身ずぶ濡れになった。
濡れるのは、ちょっとですまされなかった。
波が予想以上に高い。
バケツに水を汲める水深まで海に入ると、次に来る波が顔まで降りかかる。波を避けなければ、全身スッポリかもしれない。
この状況に、うのしまヴィラ館長の原田さんや茨城県北芸術祭キュレトリアルアシスタント國分さん、ちょうど取材にきていた記者さんも、正直ドン引きしていたと思う。
「ここで海水を汲むのは無謀ではないか?」
「作家はともかく、展覧会のスタッフにこんなことはさせられない。」
話し合った結果、「川尻漁港の漁協に相談する」という原田さんの提案が、唯一の解決策のようだ、となった。


漁港へ

川尻漁港 (茨城県日立市)

(なんか大変なことになってきちゃった) と思いつつ、車で15分、川尻漁港へ向かった。
ここであれば、コンクリートで舗装された護岸から、紐をつけたバケツを投げ入れ、楽に海水を汲むことができた。
めでたし、めでたし。初めから、ここに来ればよかったね。
その時はそう思った。
が、海水問題は、まだ解決していなかった。


茨城県北芸術祭が始まる

その日は、川尻漁港で汲んだ海水を、まだヤドカリはいない展示水槽に入れ、東京へ戻った。
水槽と濾過器の中にバクテリアが繁殖し、水槽の水がこなれてきていることを期待していたが、2週間後、再び茨城に行くと、水槽の水はドロドロになっていた。
生体を入れていないのに、この水質はおかしい。
アクアリウムに詳しい知人や、アクアリウムショップに急遽、連絡をとる。
わかったのは「漁港の水は飼育水には適さない」ということだった。
湾内の海水は、水の入れ替えが少なく、漁港で使用した水なども流れ込むため水質がよくないらしい。
漁港を再訪し、よくよく水面を見ると、確かに油膜が浮いている。

川尻漁港 (google mapより)

キュレータとも、湾の外側で汲めないか検討したが、汲めるポイントがない。立入禁止、もしくはテトラポットが積まれているのだ。
そもそも川尻漁港は車で15分。私は車を持っておらず、事務局が手一杯となった開幕直前の状況下、ここへ汲みに行くのは難しい。タクシーで往復4~5千円かけて海水を汲みに行くのも如何なものか。
聞きこみに加え、google mapで海水を汲めそうな場所を探しては、現地へと向かったが、良い解決策は見つからなかった。
加えて、うのしまヴィラの水は井戸水であると分かり、飲む分にはとても美味しいが、人工海水作りには適さない。
八方塞がった。
解決策を見いだせないままに、茨城県北芸術祭は9月17日の開幕に迎えた。芸術祭は待ってくれない。
結局、海水はそれなりの金額を支払って(とはいえタクシーで何回も汲みに行くよりは安い)市販の天然海水を購入した。


日立の海水で展示を(再)

海水問題は、周囲から見れば、正直、わりとどうでもいい問題で、あくまでお客さんが見たいのはヤドカリであって、海水は主役でもなければ、空気のような存在だといっても過言ではないだろう。
一方、ヤドカリにとって、海水は私たちにとっての空気のような存在で、そこから逃れることはできないからこそ重要なものだ。
このままでは、ヤドカリにとっても、作品のコンセプト的にも、金銭的にも、大打撃だ。
ずっと頭を悩ませてきた海水問題だったが、あるスタッフの身体能力によって、展覧会初日、あっさりと解決を迎えた。
会期中、水換えを担当してくれることになったキュレトリアルアシスタントの緑川さんが、湾の外側を身軽におりて行って、綺麗な海水を汲んでくれたのだ。(注意:真似しないでください)
湾の内側とは大違いで、水の透明度は完璧だった。

湾の外側で汲んでもらった透明度の高い海水 (この日はやや比重が低い)

おかげで、初日から数日間こそ購入した伊豆諸島の海水でしのいだものの、以降は日立の海水で展示ができるようになった。

撮影: 木奥恵三  KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭 の出展作品

ヤドカリの作品シリーズを開始したのは、2009年。
あまりにも年月がかかってしまったが、美術展での生体展示をようやく実現することができた。
それは今まで各所で取り組んできた生体展示があってこそ実現したもので、これまで生体展示の難しさを痛感し続け、ようやく辿り着いた感慨がある。
逆に言えば、長く続けてきたヤドカリのシリーズは、ここで「第一部完結」といった気持ちだ。美術家としても、茨城県北芸術祭は一つのターニングポイントになるように思う。
開幕から45日。ヤドカリは芸術祭スタッフと、うのしまヴィラの皆様のおかげで元気にしている。
茨城県北芸術祭は11月20日まで茨城北部の各所で開催中。
うのしまヴィラ」は、車でしかアクセスがないが、この機会に是非訪れてみて欲しい。


PROFILE/AKI INOMATA
1983年東京生まれ、2008年東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。
主な作品に、3Dプリンタで都市をかたどったヤドカリの殻に実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」など。人間以外の生き物のふるまいに人間の世界を見立てることで、生き物に私たちを演じさせてしまう状況を作り出す。
http://www.aki-inomata.com/

取材・文:
AKI INOMATA