レポート

撮ること、撮られること(後編)ー第3回東京大学海洋教育フォーラム

2016.04.27

学校イベント地域海洋教育

2015年3月21日(月)、東京大学福武ホールにて行われた第3回東京大学海洋教育フォーラム「海と人との関係を探るーディープ・アクティブラーニングの方へ」の前編のレポートに引き続き、後編では授業内容の説明と生徒たちが制作したドキュメンタリー映画の上映、創作ダンスパフォーマンスの発表、パネルディスカッションの模様をお伝えします。

課題別学習《海 Sea》

まず、東京大学教育学部附属中等教育学校と東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターが共同で行ってきた授業「課題別学習《海 Sea》」の担当教員である東大附属教諭の福島昌子先生と、この授業を受講した生徒、授業の実践者であり3710labメンバーの田口から、授業の内容について説明がありました。
「課題別学習《海 Sea》」は、生徒たちの住む東京と沖縄の文化・歴史を比較し、それぞれの地に身を置いて新たな視点や価値観を見出すこと、また、「記憶を記録する」をキーワードにした映像制作を通し、学習を深い学びへと発展させ、自分自身のあり方を見つめ直すことを目的に行われました。福島先生は、「正しい知識や情報を自分の中に取り入れる。取り入れたものを自分で考察し、推論し、(実際の状態・状況と)すり合わせをする。そして、自分の“ことば”で表出していけるようになることが、”深い学び”なのではないかと思っています」と話します。
生徒たちは事前学習として、それぞれに見出した題材を「海と人と(  )」というテーマにあてはめて調べ学習を行い、授業でのインタビューワークショップで「撮られること」を、家族へのインタビュー撮影で「撮ること」を模索しました。そして、沖縄での宿泊体験学習で、文化や歴史、戦争について学びながら、今度は自分のテーマをもとに読谷村の民家の人々にインタビュー撮影を実施。そこで撮影した映像を編集し、一人一本のドキュメンタリー映画を制作しました。


生徒制作のドキュメンタリー映画

この日は、生徒制作の全21作品のドキュメンタリー映画の中から、4本が上映されました。
ある生徒は、『お墓と人々』というテーマの映画を発表。沖縄のお墓は本土で見られるものと比べて大きく、形状が異なるという点に着目したといいます。上映前には、生徒本人から「大きいお墓の背景には、沖縄の独特の死者との向き合い方、また、一族への思想があり、これをいちばん伝えたいと思っています。沖縄でお墓の存在はどのようなものなのか、少しでも感じていただければと思います」と語られました。
『お墓と人々』には、民家のご夫婦とその娘さんへのインタビュー風景が映されています。戦前、沖縄には火葬の習慣がなく、風葬した骨を一族の女性が洗骨し、厨子甕(ずしがめ)という骨壺に納めたといいます。民家のお父さんは、「厨子甕って見たことないでしょ?(手で形状を表しながら)家の形をしていて、こんなに大きいんですよ」と生徒に話します。一族の厨子甕を一つひとつ納めるため、沖縄のお墓には数十坪にも及ぶ大きなものもあるのだとか。また、映画の中には、お父さんに洗骨の話を聞きながら、娘さんが”これまで知らなかった”というような驚きの表情を見せたり、うなずいたりする姿も映されていました。


ダイナミック琉球

次は、生徒たちによる創作ダンスパフォーマンス「ダイナミック琉球」です。躍動感と一体感のある動きに、いきいきとしたかけ声が重なります。このダンスパフォーマンスは、沖縄での体験学習の中で関わった、中高生などのメンバーで構成された団体「あまわり浪漫の会」が行う現代版の「組踊(くみおどり)」(沖縄の伝統芸能)を元に創作されたものです。生徒たちはそれにアレンジを加えて練習し、沖縄の人々との交流の場や、文化祭でも披露しました。


「課題別学習《海 Sea》」の構想

田口からは、「課題別学習《海 Sea》」を計画した経緯や意図が語られました。もともとこの授業は、昨年度以前まで《心と体》という身体表現に重点を置いたテーマで行われていました。現在の《海 Sea》と同じく、沖縄での実地研修などのプログラムは組み込まれていましたが、生徒からは体験で得たことを「言葉では表現できない」という主張がうかがえたといいます。そこで、田口は言葉とは異なる表現方法として映像メディアの活用を検討し、「海と人との関わり」という幅広い意味合いを含み込めるテーマを設定するほか、現地の人々へのインタビュー撮影を提案したと説明しました。
そして、映像制作には記録者の思いや選択が反映されてしまうということ、他者の発言や感情を公に発信する上での責任がともなうということについて触れ、田口はこのように話しました。「自分を見つめる。これが、今回インタビュー撮影やドキュメンタリー映画の制作を取り入れた一番大きな理由です。他者を見つめながら編集するということに、編集している自分自身が問われるという過程が導き出される。それは映像制作を通して、自己と他者との関係の再配置が求められるということだと思います」。

また、この授業をふまえ、海洋教育の新しい可能性を提示。インタビュー撮影を通して個々人の海の記憶にアプローチしたことによって、教科書などでの学習に留まらない発展的な学びが引き出されたと報告しました。
そして、ひとりの生徒の映像を紹介しました。田口は、生徒が民家の人々に「あなたにとって海とはなんですか?」と尋ねる場面に着目。「当たり前のようで、滅多に出てこないような問いが、海と人との関係を探るなかで導き出されたということに意義を感じました」と加えました。


「学習は、常に課題を含むからこそ楽しい」

続いて、パネルディスカッションが行われました。
司会は東大附属校長(※)で東大大学院教育学研究科の小玉重夫教授がつとめ、パネリストとして福島先生と田口、生徒2名が、ゲストパネリストとして、同じく東大大学院教育学研究科の小国喜弘教授が登壇しました。(※ 2016年3月時点)
はじめに、小玉教授が生徒へ「課題別学習《海 Sea》」を受講した感想や、授業を通しての自身の考え方の変化などについて尋ねました。すると、生徒のひとりは事前学習や「ダイナミック琉球」、映像制作などでの自身の内面の表出について触れ、「伝える力がついたんじゃないかなと思います」と話しました。また、もうひとりの生徒は戦争についての学びを挙げ、「人の命の大切さを身に染みて感じ、何気ない言葉づかいで人に嫌な思いをさせていないかということに敏感になりました」と話したほか、沖縄の人々の繫がりの強さ、温かさについての印象を語りました。

東大附属と海洋教育センターは連携で授業を行っています。今回の授業は、授業の構想を担った田口と、映像制作の指導にあたった福原悠介さんが学外の専門家として関わり、福島先生がその二人の専門性と生徒を結びつけるというかたちで進められました。このことをふまえ、小玉教授は福島先生と田口に、協働で計画・運営を行う上での工夫や感想を尋ねます。すると、福島先生は異なる専門性を持つ者同士の協働の難しさについて触れ、「コミュニケーションをとり合い、お互いが何を考えているのか聞き、歩み寄り、受け入れることによって、協働というかたちで授業を成立させていくことができました」と応答。田口は「「学校教育」とは異なる評価軸を授業の中に取り入れることで、学校教育の外側への「通路」を開いておくことを意識しました」と話しました。

これらの発言を受け、小国教授は「子どもたちがテーマを決め、教師などのアドバイスを受けながらひとつの作品をつくり上げるという、我々がよく発想しがちな探究学習とは真逆の世界を見せていただきました」とコメント。また、インタビューの導入として、相手との信頼関係を築くための運動を行ったことや、撮影した映像を生徒全員で鑑賞する場を設けたことなどを例に挙げ、必要なプロセスと実践、振り返りが折り重なった授業構成を評価しました。
一方で、専門家と協働で授業を運営するということに対しては、「専門家との協働」というより、「専門家であり市民である人との協働」でもあるのではないかという問題提起がなされました。個々人がそれぞれの経験の中で獲得してきた知識や価値観に触れ、専門家としてではなく市民同士として向き合うことで、深い関係性が築けるという見解です。また、沖縄に対する「人がやさしい」「楽園」といったイメージについて、現在の沖縄が抱える貧困などの社会問題を挙げながら、多様な捉え方があることも提示。「学習は、常に課題を含むからこそ楽しい」という言葉とともに、生徒たちに新たな課題の探究を投げかけました。

最後に、「課題別学習《海 Sea》」のリーダーをつとめた生徒から挨拶がありました。「沖縄での体験学習を通して、私は人との接し方を学びました。インタビューでは質問が思いつかず、会話のキャッチボールができなくてあまり向いていないのかと思っていましたが、沖縄では民家さんに助けられて、とてもいいインタビューができたと思います。たくさん学んでたくさん成長して、とても楽しい1年間でした」。

前編はこちらから。

取材・文:
鈴木瑠理子
写真:
東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター