レポート

「海の“流れ”を知る科学実験」(後編)

2015.10.19

ワークショップ海洋教育

「3710Lab 出張授業」の前編では、海の“流れ”がなぜ起きるかを知る実験を行いました。さて後編では、こうした現象が実際の自然環境にどんな影響を及ぼすかを読み解いていきます。たとえば、親潮と黒潮。世界三大漁場のひとつと言われる宮城県の金華山沖では寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかるため、豊富な種類の魚がやってきます。はたして、そこではどのようなことが起きているのでしょうか?

親潮と黒潮の豊かな関係

親潮と黒潮がぶつかると何が起きるかを知るには、まず親潮と黒潮の海の特徴を知る必要があります。親潮の海と黒潮の海は、下図が示すように大きな違いがあります。親潮には食物連鎖の起点となる植物プランクトンが多く分布し、魚にとって餌に恵まれた豊かな海となっています。
それに対し、透明で澄んだ黒潮の海は植物プランクトンが少なく、魚にとって餌に乏しい貧しい海です。この親潮と黒潮の海の違いを生み出しているのが、実は上の実験で見たような対流なのです。

実験2では水を下側から温めることで対流を起こしましたが、海では上側が外気によって冷やされるため、海水の密度が大きくなって沈んでいくことで対流が生じます。
高緯度の寒い地域にある親潮の海は、まさにこの条件を満たしており、大気によって上から冷されることで対流が活発に生じます。特に冬季には強く冷やされて対流の深さが数百メートルに達することもあります。それに対し、低緯度の暖かい地域の黒潮の海では、大気によって水が上から暖められるために、対流は滅多に生じません。ちょうど、最初のコップ実験で、冷たい水の上にお湯を置いた実験が黒潮の海、お湯の上に冷たい水を置いた実験が親潮の海に対応します。

親潮の海では対流によって海水が上下にかき混ぜられ、その結果、太陽光が届かない深海にあった栄養に富んだ海水が表層にまで運ばれてきます。そうすると、太陽光を受けた表層の植物プランクトンが栄養を取り込んで活発に光合成し増殖しはじめます。
陸上の植物は地下に根っこを伸ばして地中の栄養分を吸収しますが、根っこを持たない海の植物プランクトンの場合は対流の流れが栄養を運ぶ根っこの役割をしていると言えるでしょう。
親潮と黒潮がぶつかる宮城県金華山沖には、親潮の海で育つ魚はもちろんですが、もともと餌の乏しい黒潮の海で育つ魚も親潮の海にある豊かな餌を求めて集まってきます。金華山沖の海は世界三大漁場のひとつと言われますが、それは上に説明したように、そこでは海の対流の循環と生命の循環とが密接にリンクしているからなのです。


実験4 地形が流れに与える影響 水の深さと波の速度の関係

続いて、再び実験です。この映像は、津波の性質を調べるための実験です。
細長い透明アクリルの水槽に浅く水を入れて、水槽の端からヘラで波を起こし、波が行って返ってくるまでの時間をストップウォッチで計測して波が伝わる速度を計算します。水槽の水の深さを変えて実験を行うことで、波は水深が深いほど早く、浅いほど遅く伝わることがわかります。
*正確には津波の伝わる速度は (Hは水深、gは重力加速度9.8m/s2)で与えられます

このような津波の性質から、地震が起こった際には震源周辺の海底地形のデータから、津波のおおよその到達時間を計算することもできます。


実験5 回転と地形が流れに与える影響

今度は、“回転”が海の流れにどんな影響を与えるかを見ていきます。
ターンテーブルの上に水槽をのせ、回転させるとどうなるでしょうか? 回転させるのは地球の自転の影響を見るためです。分かりやすいように、青いインクを垂らしています。下の映像を見てみましょう。

通常、水槽にインクを垂らすとインクはもわもわと自由に広がっていきます。しかし、回転させた水槽に垂らしたインクは自由に広がらず縦方向にまっすぐカーテン状になって、横に広がっていきます。まるでオーロラのようです。この現象は「テイラーカーテン」と呼ばれています。
次に、ハート型のおもりの台を水槽の底に置いてみました。青いインクを台の外側に、赤いインクを台がある水槽の真ん中に滴下してみます。どうなるでしょうか?

これを見るとハート型台の内側に赤いインクが留まり、外側の青いインクはハート型台の内側に入るのを避けるように流れているのがわかります。これも回転の影響を受けた現象です。実際、ターンテーブルの回転を止めると、水槽の中のインクが一瞬で混ざってしまいます。
レコードプレイヤーに乗って回転する水槽には「コリオリ力(りょく)」と呼ばれる力が働いています。実験で見られたインクの不思議な振る舞いも、コリオリ力の影響を受けて生じたものです。
海も地球の自転に伴って回転しているため、海流はコリオリ力の影響を強く受けています。ただし、上の回転水槽実験は現実の海をかなり単純化したもので、実験の様に実際の海流が綺麗なオーロラ状に流れるわけではありません。それでも、2番目のハート型台の実験が示すように、海流が海底地形にぶつかると、地形を乗り越えて進むのを避けるよう等深線に沿って流れる性質があることが知られています。


さいごに

この写真は、最初に紹介した対流実験を三陸地方のとある小学校で行った様子です。親潮の海が一望できる教室で、児童たちは水をこぼしながら夢中で実験に取り組んでいます。授業後には「実験が予想と違ってびっくりした」「海流には水温以外の違いがあることがわかった」「黒潮のほうが親潮より魚がとれると思っていたが実際は違うことを知っておどろいた」「親潮の近くに生まれてよかった」「前より海が不思議に見えるようになった」といった感想がありました。
今回紹介した実験はすべて家庭でできる簡単なものです。現実の海の流れは実験よりもはるかに複雑ですが、このような実験を通して、想像しにくい海の流れについて想像を膨らませ興味を持つきっかけになってくれることを願っています。

文:
菅野康太・丹羽淑博