海洋教育とは―注目される理由と新学習指導要領での充実

2019.06.26

海に関する学びは、「海洋教育」とも呼ばれています。海洋教育は、海と人との共生を実現するために、海についての理解や関心を深める教育です。2007年に制定された海洋基本法では、学校や社会において海洋教育を推進することが定められています。

いま海洋教育への注目が高まる理由

四方を海に囲まれた日本は、海から様々な恩恵を受け、海と深いかかわりを持って生活を営んできましたが、次世代を担う子どもたちへの教育、義務教育において海の教育はほとんど行われていません。

海は地球上の水の97.5%をたたえ、水の循環の大本として地球環境を支え、わたしたちの生命維持に大きな役割を担っています。海は多様な生物やエネルギー、鉱物などの天然資源の確保の場でもあり、レジャーや癒やしの場でもあります。

一方、2011年の東日本大震災による予想を超える津波は、多くの人命と地域社会を奪い、海洋環境に大きな被害をもたらすなど、脅威をもたらす存在でもあります。恵みとともに恐れをもたらす海について十分に認識し、共生する社会をつくっていくことが大事です。2016年の海の日に日本政府は、2025年までに全国の市区町村にて海洋教育を実施することを目指すと宣言しました。

主体的に海と自分たちとの関わりを探究する子どもたち

海洋教育の定義

日本における海洋教育の法的な根拠となっているのは、20074月に制定された「海洋基本法」です。第28条「海洋に関する国民の理解の増進等」において、「国民が海洋についての理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進等のために必要な措置を講ずるとともに、大学等においても海洋に関する政策課題に対応できる人材育成を図る」ことが定められています。海洋に関する教育の推進が法的に要請されました。

この第28条を受け、教育の内容や実施方法の開発がはじまりました。現・東京大学名誉教授であり当時の日本教育学会会長であった佐藤学氏を委員長とし、「初等教育における海洋教育の普及推進に関する研究会」が設置され、教育分野や海洋分野の有識者により、海洋教育の議論が重ねられていきました。同研究会は「小学校における海洋教育の普及推進に関する提言」を出し、海洋教育を定義づけました。

人類は、海洋から多大なる恩恵を受けるとともに、海洋環境に少なからぬ影響を与えており、海洋と人類の共生は国民的な重要課題である。海洋教育は、海洋と人間の関係についての国民の理解を深めるとともに、海洋環境の保全を図りつつ、国際的な理解に立った平和的かつ持続可能な海洋の開発と利用を可能にする知識、技能、思考力、判断力、表現力を有する人材の育成を目指すものである。この目的を達成するために、海洋教育は海に親しみ、海を知り、海を守り、海を利用する学習を推進する。

海洋教育は「海洋と人類の共生」という大きな課題に向かい、その実現に向けて必要な知識や技能を身につけ、行動できるような人材の育成を目指すものです。


新学習指導要領で充実した海洋教育

日本の学校教育の内容を定める学習指導要領では、これまで海が取り上げられてきませんでした。しかし、東日本大震災以降に、海洋教育の重要性に対する認識が高まり、2017年の改訂で、海洋教育の充実が図られました。一例として、海洋に囲まれた国土の特徴、海洋国家としての特色、水の循環や気象と海とのかかわりを授業で取り上げることとなりました。

寒流と暖流の構造を知る実験
寒流と暖流の構造を知る実験

文部科学省の提唱する海洋教育のポイントは?

2017年の学習指導要領の改訂においては、学習内容としての「海洋」が取り上げられ充実しただけではなく、新たな時代の教育を達成するために海洋教育が位置付けられました。

小学校および中学校の『学習指導要領解説編』では「現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容についての参考資料」として「海洋に関する教育」が記載されました。そこでは『学習指導要領総則』第2に示されている「教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成」と、第3に示されている「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」を達成するためのものとして海洋教育が記載されています。

第2-2(2) 各学校においては、児童や学校、地域の実態及び児童の発達の段階を考慮し、豊かな人生の実現や災害等を乗り越えて次代の社会を形成することに向けた現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力を、教科等横断的な視点で育成していくことができるよう、各学校の特色を生かした教育課程の編成を図るものとする。
第3-1(5) 児童が生命の有限性や自然の大切さ、主体的に挑戦してみることや多様な他者と協働することの重要性などを実感しながら理解することができるよう、各教科等の特質に応じた体験活動を重視し、家庭や地域社会と連携しつつ体系的・継続的に実施できるよう工夫すること。

海洋と人類の共生を実現するためには、教科を横断した幅広い視点から考えることが必要です。また、共生のあり方には答えがないため、一人一人が自分ごととし、対話を重ねながら実現に向けて探究していくことが必要です。このように、海洋教育は、新たな時代の教育のあり方としても求められています。

「海洋教育こどもサミット」では子どもたちによる対話が重視されています。

海洋教育の授業案のケーススタディ

海洋教育の授業は全国的にも数多く実践されていますが、授業案としてまとめられたものはありませんでした。2025年の全面実施に向けて資料が作られ始めているところですが、その端緒として、田口康大が編集・執筆している『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック-地域と学校をつなぐ実践』(小学館、2019年)があります。海洋教育の概要や実際の授業の組み立て方ばかりでなく、カリキュラムづくりや地域との連携まで紹介し、担任教師から校長、教育行政関係者までの参考書です。

その他、国土交通省は海運業や造船業等、海事をテーマにした海洋教育のプログラムや取り組み事例を紹介しています(国土交通省HP:小中学校における海や船に関する教育(海事教育)について)。日本は「海」を通じて社会経済基盤の構築と国民生活の安定を図ってきましたが、日常生活において目に触れる機会が少ないこともあり、海に関する理解や関心を高めるための取り組みです。

海洋教育を受けた小学生の変化

みなとラボでは、海洋教育が子どもたちに与える影響についても調査を進めています。レポートにて紹介している小学校を中心に調査を進めているところですが、海洋教育を受けた子どもたちの多くが、全国学力・学習状況調査の結果においても、学力や学習意欲が顕著に向上しているということが明らかになってきています。また、地域への愛着や、地域に対して貢献したいと思っている子どもたちも増えているようです。海洋教育に取り組んでいる学校の先生方や保護者、地域の方へのヒアリングにおいても、子どもや地域に良い影響を与えているということを強く感じているようです。質的・量的な変化については、今後本格的な学術調査にて明らかにしていきます。

海に触れたことがない人がとても多くなっています。

SDGsの普及で進化する海洋教育

これまでは地域に身近な海を対象とすることが多かった海洋教育は、世界的にも求められはじめています。国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、2030年までの国際目標として「持続可能な開発目標(SDGs)」が示されました。17の目標のうち、ターゲット14として「海の豊かさを守ろう」という目標が掲げられています。地球温暖化や海面上昇、海洋ゴミなど、地球規模で取り組まなければいけない課題が多くあります。海洋教育はこれらの課題解決のためにも求められています。

画像引用:https://www.globalgoals.org

現代人が身に付けるべき海洋リテラシー

海洋教育の目的でもある「海洋と人類との共生」を実現するためにはどのような知識や能力、行動が必要なのでしょうか。ユネスコではそれらをOcean Literacy(海洋リテラシー)としてまとめ、海洋リテラシーの普及と向上のために、グローバルな海洋教育の推進に取り組んでいます。

<海洋リテラシー:海についての7つの基本原理>
1. 地球には様々な特徴を持つひとつの大きな海がある。
2. 海と海洋中の生命が地球の特徴を形づくっている。
3. 海は天候や気候に大きな影響を与えている。
4. 海によって地球は生物が生息可能となっている。
5. 海は豊かな生物多様性と生態系を支えている。
6. 海と人は互いに密接に結びついている。
7. 海のほとんどの部分は今もなお未知である。

©UNESCO-IOC “Ocean Literacy for All – A toolkit”

日本型海洋リテラシーの構築に向けて

アメリカにて作られたOcean Literacyは、現在では他の国々に広まり、それぞれの国独自の形に構成されながら、学校教育や社会教育の現場にて取り上げられはじめています。現在、ユネスコおよびユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)を中心に、国際的に促進することが目指されているところです。地球を支える海の環境変化がもたらす問題は、世界的に取り組まなければ解決を導けないものであり、国際的にも海洋教育は必要とされています。東京大学ではOcean Literacyを参考にしながら、日本ならではの海に関わる生活や文化、歴史の視点を組み入れた「日本型海洋リテラシー」の構築が行なわれています。

「海洋と人類の共生」は答えなき問いであり、そのよりよいあり方をめぐって探究され続けるものです。それぞれの地域において共生のあり方も変わってきます。海洋教育を通して身につけさせたい知識や考え方を考えることは、共生のために何が必要なのかを考えることです。それはまた、地域ならではの「海洋リテラシー」とは何かを考えることとも言えるでしょう。

気候変動と海洋教育

「海洋と人類の共生」という課題を探究する海洋教育は、新学習指導要領と国際的に求められている新しい教育のあり方を実現するものです。そしてまた、この課題は急ぎ対応しなければならない状況に陥っています。これからの教育のあり方を検討するEducation 2030(OECD)において、環境に関することが第一の課題としてあげられ、気候の変化や天然資源の枯渇については、緊急に行動をとりつつ、適応していくことが求められています。気候変動による豪雨や熱波は、海環境に関わるものですし、世界的には水資源の問題もあります。海洋汚染や海洋ゴミ、海洋酸性化、海洋生物種の減少など、私たちは海を深刻なまでに危機にさらしています。

海の魅力

海を四方に囲まれた日本において、海洋との共生は喫緊の課題です。ただ、そのような問題を一方で考えつつも、海そのものが持つ魅力を忘れてはなりません。海をフィールドに活動する時、人々は喜びに彩られた驚きとともに躍動しています。海について探究する子供たちは好奇心にあふれています。海に行くと常に新しい楽しみや気づきを発見します。ほとんどの部分がいまだに知られていない海は、そのものロマンがあります。人間の心身に多感覚的な体験をもたらし、多様な関わりを生み出す豊かさをもつ海。この海を主題とする海洋教育は、新しい教育そして学びのあり方を実現するとともに、人がよりよく生きることを実現するものでしょう。

みなとラボは、海に関わり、海をテーマとした授業や活動の実践を今後も支援していきます。

文:
田口康大