また、芸術祭の始まりについて「瀬戸内海は古来より交通の大動脈として栄えてきた場所。瀬戸内海が日本で最初の国立公園に指定されたのは、単にその景色が綺麗ということではなくて、景色と暮らしが一体になったエリアということが評価をされたからです。ただ、本来豊かであった瀬戸内海が、日本が近代化し高度経済成長が進む中で、元々海によって開かれていた場所が、逆に閉鎖性を利用して利用されるようになっていきました。直島には精錬所から出るガスで禿山になってしまって、今は植林が進んでいるがまだ一部にその状態が残っている。豊島は日本最大の産業廃棄物の不法投棄事件が1970年代からありました。それから大島はかつて多くのハンセン病患者が隔離・幽閉された国立のハンセン病療養所(大島青松園)がある島ですが、この島は今、人口減少が進んでいて、高齢化も進み非常に厳しい状態に置かれています。これらの問題をなんとかしたいというところから、この芸術祭は始まっているのです」と増田さん。 さらに、芸術祭の会期は三年に一度ではあるものの、地元では「100日のお祭りと1000日の活動」として、会期以外の活動がとても大事にされており、行政やアーティストと地域を繋ぐ存在としてサポーター組織「こえび隊」が大きな役割を果たしているとのこと。結果、芸術祭の開催により地元地域へも様々な効果が及んでいると言います。 たとえば、直近の2022年はコロナ禍でしたので少し減りましたが、2019年には来場者が118万人、経済効果は180億円にも。2019年にニューヨーク・タイムズ紙にその年に行くべき52ヶ所という記事で瀬戸内の島々が取り上げられ、今年はBBCの『The 25 best places to travel in 2025』の2位に直島が選ばれたそう。多くの人が関わることでここに住みたいと思ってくれる人も増え、移住してきた方にその後お子さんが生まれてと、島民の半分くらいが移住者になっている島もあると言います。 地域活性化を目的に各地で開催されるようになった国際芸術祭の中でも優れた成功例として国内外で注目される瀬戸内国際芸術祭。地域によってそれぞれ異なる課題そして魅力や楽しみ方がある海と大いに通じるものがあり、「海のミュージアム」のあり方の大きな指針になりそうです。