2025年3月、渋谷ヒカリエ 8/コート で開催された第3回 国際海洋環境デザイン会議のテーマは「海のミュージアム」構想をデザイン視点で考える。これまで3710Labとともにプロジェクトを進めてきたデザイナー陣に、学生や研究者、釣具メーカーや海事系法律事務所に勤務する人、水産物加工会社の代表などなど、多彩な面々が参加しアイデアソン形式で開催されました。
会議の詳報を前後編でお伝えする本記事。後編ではアイデアソンで話し合われた内容についてを紹介します。
多彩なアイデアや知識が提示されたグループワーク
アイデアソン前半における瀬戸内国際芸術祭の増田敬一さんからのレクチャーの後はいよいよグループワークでのアイデアソンがスタートです。参加者はAからFまで6グループでテーブルに分かれ、1グループは5名ないし6名で構成。各テーブルには、これまでみなとラボでプロジェクトを進めてきたプロダクトデザイナーの倉本 仁さん、we+の安藤北斗さん、林登志也さん、本多沙映さん、吉村雄大さん、北川大輔さん、そして深澤直人さんによる海洋環境デザインワークショップ「私の思い描く海」に参加した阿部憲嗣さん、金岡千賀子さん、古井翔真さんといったデザイナー陣の姿も。
まずはこれまでの話を受けて参加者が各々考えた海のミュージアムについてのアイデアや、必要なもの、課題などを付箋に書き出し、それに基づいてグループごとにディスカッション。
さまざまな形で海との関わりを持つ参加者が揃ったこともあり、多様な視点を持ちながら活発な話し合いが行われました。チームによっては、最初からミュージアムの展示についての具体的な話を進めるところもあれば、ひとつひとつのキーワードについて書いた人が他のメンバーにじっくり説明しているチームも。ディスカッション後は各チームで出たアイデアをまとめ発表を行いました。(以下、発表順)
Fグループ:「海のお化け屋敷」で怖さを伝える
発表で最初に登場したのは、we+の林さんが加わったFグループ。ミュージアムの建築空間とコンテンツについて話し合ったという彼らからは、前者については「水平線そのものを眺められる場所」「深海にある」など、直接的に海の魅力を伝える場所なら人の意識が変わるのでないか、という意見が。「そもそもミュージアムがクルーズ船だったら面白いものになるのではないかという話もありました」。一方、コンテンツとしては、海の怖さを伝えるために「海のお化け屋敷」という形にするという意見も出たそう。また、メンバーのひとり、神野駿さんに廃漁網を有効活用したものづくりの経験があることから、廃漁網を使ったファッションショーなどのアイデアも。東京湾の干潟・浅海域の自然の変化に向き合っている樋山裕己さんがいることもあり、東京湾のハゼの激減を体感できる展示案などについても紹介されました。
モデレーターの山田さんからは、建築家の安藤忠雄さんによる、瀬戸内の島々を巡る「こども図書館船 ほんのもり号」の例を挙げつつ、「移動する美術館っていうのが1つ大きな可能性があるのかな、と思いながら聞きました」とのコメントがありました。
Bグループ:北前船のような「変わり続けるミュージアム」
次に登場したのはwe+の安藤さんが加わったBグループ。ここでは北前船をコンセプトに、地域ごとの特徴や食文化を体験できる、移動し続ける船の中にあるような博物館、「変わり続けるミュージアム」を用意し、そこでは体験や神話、物語をアーカイヴすることと、データを視覚化することを行うという案が発表されました。メンバーのひとり、菊池穂乃佳さんがイルカに蓄積した化学汚染物質の解析や海洋汚染の研究を行っていたことから、汚染の状況などをグラフなどではなく、一般の人にわかりやすく感じてもらえるようヴィジュアル化するというアイデアも。このチームのディスカッション中には、石橋秀子さんが紹介した家業の塩干加工(魚介類を塩漬けしてから干す加工法)にメンバーが強い興味を持ち、質問攻めにする光景も見られましたが、この方法を使って何か物を作りたいという意見も出たようです。他にも、海の中で見える色や、水揚げされる場所による海産物の色の違い、海の色の違いなど、色を体験として見られるようにする展示が面白いのではという案も。
これについては、山田さんから、デンマーク「noma」のシェフにインタビューした際に「日本の食文化では昆布と鰹という北と南の文化がひとつの味を作っていることが面白い」と言っていたという話の紹介とともに、それが日本の海の文化の豊かさではないかというコメントが。「日本ではやはり海と食とが結びついている。ミュージアムで食べる体験ができれば、いろいろな可能性が開けるのかなと思いました」とも。
Eグループ:「海の先生ネットワーク」でプロの情報を共有
「我々は5名中4名がダイビングライセンスを持っています!」と、驚きの偶然を披露してくれたのは、北川さんが加わったEグループ。「海に興味を今よりも持ってもらう、繋がりを感じてもらう、実際に足を運びたいと思ってもらうこと」をゴールに掲げ、最後まで熱いディスカッションを続けていた彼らからは、「海の先生ネットワーク」というキーワードが出されました。AOI ジャパンで水中撮影機材を開発している久野義憲さんが、新しい照明器具を使うと深海生物の映像はもっと自然な発色になることや、深海では圧力と屈折率の違いで物理的に視野が25%狭まることなどを披露したなどの例を挙げ、「プロフェッショナルでしか知り得ない情報が、点としてはあるのに線になっていない」と指摘。また、それらを一般に公開する際には「1いいね=1円のような形でもいいし、ボランティアではなく何かしら対価をもらう形が良いのではないか」とも。他にも、“電子基盤から金が取れる“みたいな話が海にもあるんじゃないか、資源分布図みたいなものがあれば面白いという話が出たことや、「アカデミックな情報は有益だが、それだけだと人は立ち止まらない、楽しく伝えられるようにするべき」という意見も出されました。
この発表の中で「最近の若い人は“危ないから行くな”という感じで海に行かない」という話が出たのを受けて、田口からは会議前に行ったアンケート(有効回答数約1100名)でも1年以内に海に行っていない人が7割いた、という情報の共有が。「行かない理由を尋ねると、『海に行っても何をしたらいいかわからない』という。一方で、行きたいと答えた人が何を目的に行きたいのかというと、『何もしたくないから』。真逆なんです」とも話しました。
Cグループ:「船の博物館」で各地の海の物語を収集
次のCグループから出されたのは「船の博物館」の案。「瀬戸内国際芸術祭の地図では島とか陸地が青くて海が白く表示されており、一瞬逆転して見えたことから、人が島を巡るのではなく、複数の船が順繰りに巡ってくるのが面白いのではないかという話になりました」。船では釣りもできるとことから、「釣りをしていると、海底に錘がついた時にそこを触っているような感覚になる。たとえばそれが200mの海底とか、マリアナ海溝の8000mの海底とかに釣り糸を垂らしたらどんな感覚なのかを体験できたら面白いという話が出ました」という話も。体感型としては、ダイオウイカの目の大きさとマグロや人の目の大きさをボール状のものを触って比較できたり、クジラのお腹の中に入ったらどんな感じか体験できるようにしたら面白いとの意見も出たとのこと。「海に行く人が少ないなら、その人たちのところまで出かけていく。地域によってはカニが部屋に上がってくるのが珍しくないことだったりする、そういう海にまつわる話もその中で集める。移動しながら地域ごとの多様性を発信する、活動を展開することに意味がある」。一方で、海にまつわるもので、本当かどうかわからないようなことだけれど各地に散らばっている物語のようなものも残していくことができたら、との意見も出されました。
最後の“不確かな伝承“については、山田さんからも「新潟の燕三条で聞いた話ですが、金属は海沿いの大きな山からやってきたと言われていた。要は大和朝廷のたたらの文化が入ってきたのですが、それが物語になっていく中で、“海から伝わってきた”という風に切り替わっていったんです」という話がありました。
Dグループ:アクセス自体に意味を持たせる博物館
次に登場したDグループは、WHO/WHERE/HOW /WHATで意見を集約。WHOについては、「海は人を集める力がある」と考え、ターゲット年齢を絞らず幅広い層を対象に設定。WHEREとしては、道の駅的に海のものを知れる場所を各地に置くこと、海の中のカメラとZOOMのようなもので繋がれるようにすること、また陸から海に突き刺さるような大きな建物を建て、そこで海といろいろなものとの繋がりや生態系などに関する展示をすることなどが挙げられました。HOWでは、海を知るために何かを鑑賞するのではなく、そこに行くために海を知る必要があるという逆転の発想から、海の中に展示されたアートを鑑賞するために海に潜るなどの案が。そしてWHATについては、リサーチセンターをガラス張りにして見える化することや、「貝の文化史をデザイン視点で考える」という具体的な企画案も。他にも、各地の海の色や匂いを体感できる入浴剤をミュージアムグッズとして販売する、カヌーでしか行けない場所に博物館を置き、移動を通して波を体感させることで防災意識の向上に繋げるなどの案も披露されました。
Aグループ:「釣り」のデジタルコンテンツで海への興味を喚起
最後に登場したのは倉本さんが加わったAグループ。終了時間が迫っていたことから、コンパクトな発表になりましたが、ディスカッション中には「無人島で展示を行う」とか「潜る」というものまで、幅広い意見が出たそうです。「海のミュージアムというのは1つのきっかけであってほしい。最終的な目標は実際に海に触れてもらうというところにある」という前提のもと、デジタルの1コンテンツとして「釣り」をテーマにしたものを提案。釣りを体験し、釣った魚を捌いたりできるようにすることで、実際に海に行って釣りをしてみたいとか、魚に触れたいなどと思ってもらえるようなコンテンツが面白いのではないか、という案を披露してくれました。
さまざまな知識や経験がつながり広がる「海のミュージアム」構想
どのグループも、それぞれのメンバーの海との関わりを背景に、自由でユニークな意見が飛び交っていましたが、面白かったのが、出た案のほとんどが現実空間でのミュージアムだったということ。参加者のひとりでDグループの片居木亮さんは「それぞれが異なる視点で、海の抱える課題や可能性を感じて参加していたことが印象的で、海というテーマが非常に大きいことがわかりました。私が考えていた課題は、実際の仕事にも関係するマイクロプラスチックなどの海の環境問題でしたが、参加者から海の景観、教育、文化などについてたくさんの学びを得る機会となりました」との感想を聞かせてくれました。
また、Aグループに加わった吉村さんは、「これまでみなとラボでいろいろなデザインをしてきたけれど、どんな人が対象者なのかは見えなかった。でも今回アイデアソンに参加してみて、相当数の人がこの活動に興味を持っているということがわかりました。また、自身の仕事の参考にするとかだけではなく、海洋環境の役に立ちたいと純粋に思っている人が集まって議論する熱気を感じられたのがよかったです。ここで出たアイデアを現実的なプロジェクトとして成立させられるかはわかりませんが、いろいろな角度で物事を見る、いろいろな考え方の人が集まって議論することの大切さを実感できました」と話していました。
普段はあまり交わることのない異業種の人たち同士がチームを組んだことで、新たな視点が生まれ、何通りもの案が生まれたことは「海のミュージアム」構想の大きなヒントとなっただけでなく、多様な人々と切りひらく、海とデザインのプロジェクトを加速させる燃料となったように思います。多様な背景や専門性を持つ人々や企業などのアイデアや経験、知識が集まり、繋がりや広がりをつくり出すプラットフォーム「海のミュージアム」のオープンに向けて、今後もさまざまな議論や交流が期待されます。
【開催概要】
第3回 国際海洋環境デザイン会議 「海のミュージアム」をデザイン視点で考える
会期:2025年3月4日(火)
時間:17:00~21:00
会場:渋谷ヒカリエ 8/ コート(東京都渋谷区渋谷2丁目21-1)
入場:無料
主催:一般社団法人3710Lab(みなとラボ)
助成:日本財団「海と日本プロジェクト2024」
協力:内閣府総合海洋政策推進事務局、東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター