レポート

海洋環境デザインプロジェクト 倉本 仁ワークショップ実施レポートvol.1

プロダクトデザイナー・倉本 仁が目指した
海と向き合うデザインの体験とは?

成果報告

2025.05.22

場所離島ワークショップデザイン海洋デザイン教育

みなとラボが国内外の多彩なデザイナーと共に進めている「海洋環境デザインワークショップ」。プロジェクト発足当初から参画するプロダクトデザイナーの倉本仁さんとは、キャンプ形式で海に向き合う体験を重視したワークショップ「The Ocean Camping ー海から⽴ち上がる形ー」を実施。2回目となる2024年9月のワークショップには武蔵野美術大学でデザインを学ぶの6名の学生が参加しました。海を体験するワークショップで目指したものは何か。学生たちにどんなことを学んで欲しかったのか。倉本さんにインタビューを行いました。

素材から得られる感覚を大切に、シンプルかつ明快なアプローチでプロダクトを手がけるプロダクトデザイナーの倉本仁さん。ご自身は兵庫県淡路島出身で、小さな頃から海に親しみ、自然とのふれあいの中で身につけた感覚がたくさんあると言います。そんな倉本さんは2泊3日の海でのデザインキャンプで、学生たちに何を学んで欲しかったのか。現地で見た学生たちの眼差しや変化、また制作における葛藤をどう見たのか、現地でのエピソードと合わせて話を聞きました。

知識としての海ではなく、海そのものを体験してほしい

Q. みなとラボが進める海洋環境デザインプロジェクトの中でもいちばん海に触れ合う体験となる倉本さんの「The Ocean Camping」ですが、海でのキャンプ形式のワークショップを考えられたきっかけを教えてください。

倉本さん:何を作り出すにも、まずいちばん大切なことは体で感じるということだと思うんです。海を知るのであれば、やはり海に行く必要があるというのが根本にあります。その時に、ただ海に行くというのではなく、海で過ごす体験が大事になってくると思っています。そこに⻑く滞在し続けることで⾒えてくることがあり、感じることがある。知識として学ぶだけでなく、感覚的に体で感じることを形にしようというのがこのワークショップの主題になります。
そのためにはそのものをインプットできるシチュエーションが必要です。2023年は奄美大島の加計呂麻島で、2024年は天候の影響で加計呂麻島へは渡らずに奄美大島の名音(なおん)漁港近くの浜にキャンプを張りましたが、どちらも人の手がほとんど入ったことのない場所。その土地ならではのさまざまな海や自然に触れることができ、シンプルに海に向き合い過ごせる場所でした。

目指したのは自分でテーマを決め、海の体験を表現すること

Q. 2023年に引き続き2度⽬の開催となったオーシャンキャンピングですが、このワークショップではどんなことを目指したのでしょうか。

倉本さん:例えば提示した課題に取り組むワークショップもあると思いますが、このワークショップで僕たちが目指したのは、自分でテーマや課題を見つけること。そして海の体験を表現することです。その行為こそがデザインであり、海と向き合うことになるからです。
また 3710Labが昨年度の国際海洋環境デザイン会議で提示した「OCEAN BLINDNESSー私たちは海を知らないー」というテーマに即したものとして、海を知らない状況と向き合いながら、海とのつながりを取り戻すプログラムとして実施しました。
参加学生には現地で、海を感じ、知っていることと体験していることの比較、想いを馳せること、海と生活のつながりを想像し、海からインスピレーションを得る、そんなことを期待しました。そのためにもワークショップ自体ができるだけシンプルであることが必要で、人の手が入っていない場所で、海に触れることができ、最低限の食糧や道具で過ごすことを条件にしました。
具体的なアウトプットについては、今回はプロダクトにこだわっていません。デザインを広く捉えることで、互いにいろんな刺激を受け合えるのではないかと、今年は枠組みを広げてさまざまな学科で学ぶ学生たちから参加者を公募しています。結果的に、海を通じてコミュニケーションを取っていく過程で、各々が何を知っていて何を知らないのかディスカッションを重ね、お互いを知っていくことができたのは、貴重な時間になったと思います。
また2023年と比べると、場所は違いますが2泊することができたので、海を感じるという部分は充実していたと思います。滞在時間が⻑かったことで、海や⾃然環境の変化を⽬の当たりにすることができた。海の⾊や海の荒れ具合、⾵の吹き⽅が刻一刻と変わり、穏やかな海があっという間に荒れた海になっていく変化も体感し、とても貴重な経験になりましたね。

海について知っていること、知りたいことを事前に整理して現地へ

Q. 今回は事前に武蔵野美術大学で公開講座も実施し、参加者が決定後にはJIN KURAMOTO STUDIOで出発前の講義も行いました。その効果はどのように感じられましたか。

倉本さん:2023年に実施したキャンプの話を聞いていた学生や、ドローンで撮影した加計呂麻島の写真に惹かれて話を聞きにきた学生など色々でしたが、思っていた以上にいろんな学科の学生たちが集まってくれましたね。自然が相手のワークショップなので、実際に何を行うのか、また海洋リテラシーについて講義を行えたのはよかったと思います。特に参加が決まった学生たちはそれぞれが海について何を知っているのか、また知らないのか、そして現地でのフィールドワークについてのイメージを深めることもできたのではないでしょうか。
でも実際には想像していた海とは違ったことも多かったと思います。また事前にイメージしていたものとは違ったことに着目した参加者が多かったのも印象的です。それぞれが自分自身の知識や意識、感情の変化にも注目できたと思います。
一方で座学ではありませんが、現地で船を出してくれたガイドの本田さんから奄美大島の人々が海とどう暮らしてきたのか、リアルな話を聞けたことも目の前の海を知る大きな手がかりになったと思います。

海、そして自分の変化を記録しながら、考えを深める3日間に

Q.  今年も台風直撃で実施日を延期して行われたワークショップですが、現地では具体的にどんな活動を行ったのでしょうか。

倉本さん:今回、リサーチの要点として挙げていたのは4つあります。①海辺で生活をすることで文化を知ること、②着目点を掘り下げること ③制作材料の収集、④海を感じることで自分事とし、自分ならではの発想につなげること。具体的には、潮の干満や天候といった状況の変化と合わせて自分の変化や心境の変化を記録してもらうようにしました。
ずっと海に潜って魚を採る子がいたり、はじめて海に潜る子がいたり、打ち上げられた海ゴミをリサーチしたり、それぞれに海に触れ合う時間を持ちながら、タイミングを見てそれぞれの体験をシェアする時間を持ちました。海に慣れ親しんでいる学生はずっと海で過ごしていましたね。そこにあるもので海を楽しむ道具を作っている学生もいれば、魚の採り方を工夫して、どんどん上手くなっていく学生もいました。一方で海の体験がほぼはじめてという学生も何人かいて、少しずつ海との距離を縮めていく様子も印象的でした。
海で3日間を過ごしましたが、とにかく天候や海況の変化が目まぐるしくて、奄美大島ならではの美しい海も体験したけれど、一方で恐怖を感じることもありました。その時々に、自分が海をどう捉えているのか、また一方で海を擬人化して自分をどう見ているのか、それぞれの思いを言葉にして共有したのは、互いにいい影響になったのではないかなと思いますね。1⼈ではたどり着けない考え⽅の境地みたいなものもありますし、 グループワークだからこそ⾒つかる新しい視点がある。違う考え方や感じ方を知れることもデザインを行う上で大切なプロセスになったと思います。
3日間学生たちの様子を見て、みんなとても感受性豊かだなと感じました。アンテナを強く張っていたというのもあると思いますが、目の前で起きていること、経験していることをどんどん吸収して、⾃分の中で理解しようとする様子はとても印象的でした。

海をどう伝えていくのかの難しさを実感

Q.キャンプ後、制作を進めるにあたり学生たちとオンラインで何度かミーティングを行いましたが、デザインを⽴ち上げていくプロセスで、学生たちにはどんな変化や姿勢が⾒られましたか?

倉本さん:考えをどうまとめればいいのか、まとめてはみたけれど人に伝わらない。そういう壁に何度もぶち当たりなかなか進まないという学生が多かったです。というのも、これまで大学の授業では決まったテーマに対しての課題に取り組んできたと思いますが、今回は自分でテーマ設定を行わなくてはならないので、とても難しかったと思います。でもみんな本当によくがんばったと思いますね。
そもそも考えをまとめていくことはデザインをする上でも重要なスキルの一つです。最初のアイデアをどう体系化してまとめて、またグルーピングして一つの思想として提案できるのか、デザイナーになってもここがいちばん大切な部分になります。
また今回のワークショップは⾃然の変化をまざまざと感じた3⽇間で、テーマ設定そのものに、海の変化や、海の擬人化、また⾃然への恐怖といったものを選んだ学生が多かったのが印象的でした。たとえば、参加者との対話から得た感覚を大切にする学生もいれば、自分の内側にぐっとフォーカスしていく学生もいました。

人の手ではどうにもできない海を前に、デザインが生まれる根源的な意味を知る

Q. 完成したデザインをご覧になってどう感じましたか?また今後、彼らに期待することはどんなことですか?

倉本さん:専攻している科が違うと表現方法も様々で、多様なアウトプットが出てきたのはおもしろかったですね。体験自体を主体性と客観性というフィルターで伝えようとするものや、海を少しずつ知っていく様子を体験として表現したもの、知っていくことで感じた違和感を言葉にしながら海からの贈り物としてデザインした作品、また海を擬人化することで海の多様な表情を見せるZINE、海への恐怖心がある人に向けて友だちになるための海愛に溢れた道具、海を媒介にお互いを知っていくカードゲームと、体験そのものもしくはそれぞれの変化や感じたことを様々なアプローチで表現しています。
このワークショップで⼤事なのはアウトプットのクオリティよりも、何を思って、どう考えたかという部分にあったと思います。その中で、海そのものを体験する貴重な経験で何を感じたのか、自分の中に起きた変化に真っ直ぐに向き合っている様子もとても印象的でした。
学生という時期にとてもいい経験ができたと思うので、どう活かしてくれるか楽しみです。自然や海の変化を目の前にして、⼈⽣観が変わるような経験をした⼈もいると思います。そういった意味では、自分たちではどうしようもできないものを目の前にして、なんでも⼈の考えでどうにかなるわけではないとあらためて思った学生も多いと思います。僕らの⼒が及ばないところはたくさんあることを知った上で、できることをやるという感覚をずっと持っていてほしいと思います。
僕自身は、そこにあるものを使って⼯夫して便利に暮らす道具や方法を作っていくというのがデザインの基本だと思っていて、周囲の自然環境や⾵⼟と密接な関わりがある。今回のワークショップではそのことをあらためて痛感しました。
正直、僕は大学生の間はデザインの⽅法論なんかまだ知らなくてよくて、それよりもいろいろな経験をした⽅がいいと思っているんです。たとえばアルバイトをして社会に触れるとか、 友だちと何かおもしろいことをやってみたり、デザインとは関係ないことをする。そうした経験がその後のデザイナーとしての礎になる思うんです。 学生のうちはデザインのことを勉強するより知⾒を広める、言わば⼟壌を耕すタイミング。こうしたワークショップはとてもいい経験になると思います。

ーーーー2024年9月に2泊3日のワークショップを終え、学生たちは各自製作に取り掛かりました。倉本さんのインタビューにもある通り、6名の学生たちは表現方法に苦戦しながらも、現地で感じたことをそれぞれのアプローチで作品として表現。彼らが見たもの、感じたもの、そして伝えたいと思ったものは何か。 作品写真と合わせて学生たちへのインタビューをまとめました。

倉本 仁ワークショップ実施レポートvol.2 海で過ごす体験から⽣まれた武蔵美生6人の表現


【ワークショップ概要】
海洋環境デザインワークショップ
「The Ocean Camping ー海から立ち上がる形」
日程 2024年9月21日〜9月23日
場所 奄美大島
実施者 倉本 仁
参加者 川合沙羅
    小林柚花
    下田琴水
    新郷愛奈
    陳 柔伊
    中村栞菜
主催 みなとラボ 
協力 武蔵野美術大学
助成 日本財団 海と日本プロジェクト2024

文:
田村美季