レポート

北海道|北海道教育大学附属函館中学校

【海洋教育レポ】わたしたちの生活を支える海上輸送

2019.04.17

学校地域探究学習海洋教育

全国で取り組まれている海洋教育を取材し紹介する3710Labの「海洋教育レポート」。 第6回目は、北海道教育大学附属函館中学校を取材しました。海上交通の歴史とともに発展してきた地域ならではの取り組みをお送りします。

海上輸送をテーマにした海洋教育

函館は、交通手段に富んだ地域です。歴史的には、貿易拠点として、また北海道と本州をつなぐ青函連絡船の玄関口として発展してきました。現在では北海道新幹線が開業し輸送手段の拠点になっています。
北海道教育大学附属函館中学校(以下、北教大函館中)では、陸と空と海の交通手段が並存しているという珍しい顔を持っている地域の特徴に着目して、中学2年生の社会科の授業で「海上輸送の役割と可能性」というテーマについて学習しています。北教大函館中の社会科は、全体の授業を貫く一つのテーマを設定し、継続的な課題学習をおこなっています。
学習の過程では、各輸送手段の特性を考察するために、世界と日本、日本各地を結ぶ交通手段についての講義をおこなったり、陸上、航空、海上輸送を扱う各企業の職員に自社が扱う輸送手段の強みを語ってもらう講義をおこないます。


輸送手段の重要性と教科書記述の少なさ

教務主任で社会科教諭の郡司直孝先生にお話を伺いました。
―――海上輸送に着目したのはどのような理由からですか?
「国際海洋都市として発展してきた函館地域に目を向ける目的もありますが、日本における物流の重要性を考えたとき、海上輸送を社会科として取り上げる意義があると思ったからです。中学社会科の教科書には、輸送手段の記述はあるのですが、見開き2ページのみです。海上輸送の記述はさらに少ないです。日本という国で海上輸送が果たしてきた役割の大きさに比べて記載が少なすぎるという印象がありました。社会科地理の例ですが、歴史をみても、遣隋使・遣唐使のように人や物、情報は、海を通して伝わり、国を発展させてきました。今でこそその役割は小さくなってきたかもしれませんが、それでもまだ日本の様々な物事が海上輸送を前提としているはずです。それなのになぜか取り扱われないところから、あえて取り上げる意義があると思いました」

―――生徒たちの海上輸送に対する最初の印象はどのようなものでしたか?
「最初に交通手段として何を選ぶことが多いかを聞きました。すると生徒たちの大多数は飛行機→鉄道→船の順番と答えました。船を使用する機会はないようです。また、船に対するイメージを聞くと、船酔いが心配とか時間がかかるなどです。次に、海上輸送全般について考えさせて意見を聞くと、世界一周旅行などに見られる人の輸送のことばかりが出てきました。物の輸送に結びつかないんです。生徒たちにとって海上輸送をはじめとして物流は見えにくい存在なのかもしれません」
たしかに、我々消費者としては、モノの生産地の情報には敏感になりがちですが、モノが生産地から消費地に届くまでの過程にはあまり注目することがないかもしれません。また、世の中で輸送されている物品は、店舗やオンラインショップで取引される完成品のような私たちにとって身近なものにとどまらず、生産を支える素材の調達や部品、半製品の輸送など多岐に渡り、それらは一層見えにくいかもしれません。郡司先生は、輸送、とりわけ海上輸送が人々の生活を支えている事実にもっと目を向けてもらいたいと言います。


輸送手段と生活とのかかわりに気づく

―――生徒にとって身近ではない海上輸送を主体的な学びとするためにどのような工夫をしていますか?
「その単元のオリエンテーションで、単元の学習の見通しをあらかじめ伝えます。海上輸送に関する役割とその可能性をテーマに、調べたい内容や方法を自分たちで考え、最終的にまとめるという着地点を伝えます。見通しがないままにやらせても生徒は困ってしまうからです。役割と可能性のどちらに着目するかは生徒に任せておいて、夢物語で好きにかたるのでなく、資料情報に基づいて探究してもらいます。あとは、全国海洋教育サミットのポスターセッションに優秀者が参加できるということを告げておいたので、モチベーションががぜん上がりました」
―――それをまた「深い学び」にするのは難しそうですが、どのような工夫をしているのですか?
「海上輸送の役割と可能性という広がりのある自由度の高いテーマなので、預けっぱなしにはせず観点を意識させるようにしています。その際、技術・経済的な観点はもちろん、生活との関わり、国際的な関わり、環境への影響などの観点から深めるように工夫しています。それと、特化しすぎて海上輸送のことしか深められないとたまに言われるのですが、海上輸送のことを学ぶ過程で他の輸送手段のことももちろん学びますし、世の中の様々な物事と結びつけることができます。他の輸送手段の知識や、函館・北海道や社会にどう貢献できるかという視点がないと、本当に役立つ適切なアイデアは提案できないですからね。このように、海上輸送とそれらの観点とが一対一の関係で結びついているわけではなく、様々な観点と関わりを持っていることに気づく生徒の様子が見られたことが、この学習の大きな成果の一つだと思っています」


地域特性によらない汎用性の高いプログラム

―――今回の海洋教育としての学習を振り返り、今後の課題はありますか?
「資料を使って頭で理解することがこの学習の良さですが、海についての身体的な実感を得にくいということです。今年度はフェリー乗船体験をしましたが、それ以外にも身体的に体験できた方がいいなとは思います。頭でっかちに海上輸送の利点を語れるだけでなくて、海への畏敬の念とか、海って大きいな、すごいなという感覚とか、心と頭とで海上輸送を把握できるようにならないといけないですね。それを実感するために、船の輸送量をデータで示す以外に、海に関する施設や機関が函館にはこんなに沢山ということを実感するアプローチもあるのかなと思っています」

生徒たちは探究心がとても強く、海上輸送の役割と可能性という自由度の高いテーマの学習に積極的に取組んだようです。海上輸送の新たな可能性については、希望者を対象に実施した乗船体験にて得た実感に基づき、たとえば船から滑り台をつかって海に飛び込めるようにするといった自由なアイデアが多く出ていたとのことです。
他方、探究を深める際には、アイデアを根拠をもって語ることが大事です。軽くて丈夫で地球環境に優しい船の素材として段ボール樹脂の使用を考えた生徒は、物理学を専門とする理科教員に実現可能性を聞いたり、また、船の横に水力発電機を装着することを考えた生徒は、エネルギー効率について技術科教員にアドバイスを求めたりと、実践的な知識を求めてどこまでも追究しようとしていたようです。


海洋教育が生み出す学びの広がり

最後に、郡司先生に海洋教育への思いを伺いました。
「本校の海洋教育は、他の学校の取組みと比べて必ずしも「王道」ではないと個人的には思っています。中学校社会科で扱うべき分野として、実施地域を選ばない内容にする工夫をしてきました。地域特性を要求しない汎用性の高いプログラムとして、普通に日本全国でできる内容ではないかと思っています。だからこそ、海洋教育としてさらに深めるには他教科と組み合わせたり、体験学習が必要となります。世界との関わりや環境を切り口にした学びができるのが海洋教育の良さなので、本校の現在の取組みも、公民や道徳と組み合わせるなどさらに深められる可能性があると思っています」
最初は船に対するネガティブなイメージから始まった学習ですが、探究的な学習を通して、船は日本の物流を支えているという事実に徐々にたどり着いていったようです。
全国の学校でも同様の学習が広まった際には、船への乗船体験など実感を高める工夫が課題とはなりそうですが、海上輸送をテーマとする学習は、海とわたしたちの生活のつながりを探究するうえでよいきっかけになりそうです。特に、生活のために必要なエネルギー資源を海外から輸入している日本にあって、大量輸送ができる海上輸送手段は欠かせない存在です。そういう意味で、海上輸送をエネルギー教育上の文脈に位置づける可能性もありそうです。たとえば、国内のエネルギー自給率が100パーセントになって海外から資源を海上輸送してこなくてもよい(=船がいらない)状態をシュミレーションしてみることなども深い学びに結びつきそうです。
※国土交通省の海洋教育ページにて、同校の実践が紹介されています。本レポートとあわせてご覧ください。

取材・文:
北 悟
写真提供:
北海道教育大学附属函館中学校