与論町

海とヒトを“学び”でつなごう。考える力が生きる、島と海の教育【連載vol.2】

2020.10.17

有人離島専門メディア『ritokei(リトケイ)』に掲載された、みなとラボ主宰・田口のコラムを転載します。『ritokei』は「つくろう、島の未来」をコンセプトに400島余りある日本の有人離島に特化した話題のなかから、「島を知る」「島の未来づくりのヒントになる」情報をセレクトして配信しています。

「海と人とを学びでつなぐ」をテーマに、海洋教育の分野で実践研究を行う私は、毎年夏のこの時期には日本各地でイベントやワークショップに飛び回り、一言で言えば「てんてこまい!」といった状態です。しかし、2020年は多くの人たちと同様に「特別な夏」を迎えています。実際に教育の現場に赴くことが叶わず、歯がゆい思いをする毎日です。
ですが、こんな時だからこそ、新しい取り組みや教育のあり方を模索しなければ、と数多くのオンラインミーティングを行なっています。そのひとつに、鹿児島県の与論町とのやり取りがあります。
私たちの団体、3710Lab(みなとラボ)は、2021年に与論町の海辺に完成するカフェ&アクティビティ施設の計画にアドバイザーとして参画しており、そこで行われるデザインと教育をミックスした新たなプログラムを鋭意製作しています。今回は、そのきっかけとなった2019年度の与論町での実践についてお話ししたいと思います。


島の価値を書籍化する

与論島は、沖縄の手前に浮かぶ人口5,000人程の離島です。島内には3つの小学校、1つの中学校があり、島のほとんどの子どもは、与論高校に進学します。ある時、その校長先生から、「総合的な探究の時間(※)で、気仙沼の大島で実施したような企画ができないか?」と相談を受けました。私はもちろん快諾したものの、対象生徒は1・2年生全員、100人前後にもなる大規模なものでした。

※高等学校の新学習指導要領は2022年度から学年進行での実施となるが、「総合的な学習の時間」については「総合的な探究の時間」へと名称変更され、移行措置として2019年度入学生から先行して実施されている

2017年に改訂された学習指導要領において、高校では単なる学習ではなく、「探究的な学習」が求められることになりました。私は、果たしてこの人数でその実践ができるだろうか?と悩み、生徒それぞれにとって意味ある探究を生み出すために、新たな企画を考えることにしました。それが、与論島を表現する書籍の制作でした。
絶景のビーチやダイビングスポットなど、海洋環境に由来する豊富な観光資源に恵まれた与論島では、当然観光ガイドを中心とする刊行物もさまざまに存在し、高校生の目に触れる機会も多くあります。しかし地域をより深く探究するためには、観光地としての側面以外から与論を見てみることが必要なのではないか? と考えました。
私は書籍制作のプロセスに、「対話」の機会を多く取り入れることにしました。人と人とのコミュニケーションは、地域形成の礎です。その対話を通して浮かび上がる島民の暮らしや日常が、島の違った魅力を浮き彫りにするのではないかと思ったのです。


島民と向き合い、自分と向き合う

早速授業を構成し、19年5月、最初の授業が始まりました。手始めに、生徒たちとともに「与論島はどんな場所か」を考えました。
まず9つのマス目を2セット描いたワークシートを使って、生徒自身の思考を整理しました。1セット目には与論へのイメージを書き出し、2セット目には自分自身の名前を真ん中に書いて、その周囲に自分の課題を書き出してもらいました。自分自身のことから与論町のこと、地球規模のことまで、課題の大小はあえて自由に書いてもらいました。
これをもとに、対話形式のインタビューをする際に何を聞くか、何を話すかを整理していきました。マス目に内向きの思考をアウトプットすることで、生徒たちは与論や自分自身への新しい視点を持つことになりました。
その後は、私が考えた授業計画を高校の先生方に行っていただいたり、私自身も計4回来島して授業を進めていきました。
逆に与論高校の代表6人が東京に特別研修に来る機会も持つことができました。東京では、ライターとしてさまざまな媒体で活躍する山下紫陽さんからインタビューや原稿を書く手法を学び、また写真家の齋藤陽道さんからポートレート撮影の仕方のレクチャーを受けました。
2人の講師から共通して出た言葉は、「相手と向き合うこと」でした。テクニックの前に、取材相手への関心を持つことや、気持ちに寄り添うことが最も重要なことだと教わった彼らは、その内容を持ち帰り、他の生徒に東京での研修を報告しました。
書籍制作が進み、秋には生徒と島民のマンツーマンでのインタビューと、インスタントカメラの「写ルンです」を使ったポートレート撮影を行いました。プレビューの出ないカメラでの撮影は困難を極め、撮り直しが発生する場面もありました。インタビューを行うのも、撮影も、それを原稿に起こすのも初体験。ひとり2ページの割当は、彼らにとってヘビーな仕事だったかもしれません(笑)。


人々を結びつける「学び」

写真や原稿が揃ったところで、グラフィックデザイナーの吉村雄大さんがページ構成を行いました。その後校正、修正を数回経て、2月、ついに書籍『与論の日々』が上梓しました。

『与論の日々』執筆・撮影:鹿児島県立与論高等学校/発行:3710Lab/1,500円+税

完成した本を手に取った地域の方たちからいただいた感想の一部です。
「手にとって一読すると、多くの方々の郷土愛に満ちた話やメッセージに触れ、心が揺さぶられる思いでした」
「この本は、生徒が社会とのつながりを持つきっかけにとどまらず、与論で暮らす人々同士をつなぐ“架け橋”にもなり得るのではないかと感じています」
「島内の色んな方々の意気込みや思いなどを新たに知ることができ、次にお会いしてお話しするのが楽しみになりました」
島の人々の嬉しい言葉が数々寄せられました。さらに、この特別授業の途中で参加した「全国海洋教育サミット」では、与論高校の発表が優秀賞を受賞しました。「単なる科学的な考察というだけではなく、与論島で生活するひとりひとりの営みへのまなざしが感じられる」というのが評価のポイントでした。
私は、与論のプログラムを通して、教育機関は地域文化やコミュニティ形成における一つの重要な機能を果たせるのではないかと実感しました。与論には、観光だけでなく、畜産や農業、カフェ経営やデザイナーなど、さまざまに活躍する人たちと生活があり、高校生もまたその一端を担っています。「学び」には、それらの人々を結びつけ、支え合う関係を生み出し、地域コミュニティの基盤を厚くする可能性があると感じています。
『与論の日々』は、3710Labのウェブサイトでも細々と販売しています。コロナ渦の「いつもとは違う夏」を過ごす中で、なぜか『与論の日々』の注文数が増えてきました。住み慣れた場所で「日常」が送れなくなっている現在はとても辛いことですが、一方でその場に合った魅力や価値に改めて目を向ける機会になっているのかもしれません。
特別でない、『与論の日々』がまた訪れるように、心から祈るばかりです。
▶︎連載vol.1はこちらから。「子どもと一緒に“考える”、大島と気仙沼の間に架かる橋」


このコラムは『ritokei』に掲載されたものです。

文:
田口 康大