2017年2月5日に東京大学伊藤謝恩ホールで行われた「第4回全国海洋教育サミット」の前編レポートに引き続き、後編はポスター・セッションの模様をレポートします。
ポスター・セッションは、前回の第3回海洋教育サミット同様、各地の海洋教育の実践や研究の発表、全72件の発表がありました。小中高校の先生による発表のほか、教育委員会や水族館等の社会教育施設の発表、小中高校生による発表もあり、非常に賑わいを見せていました。以下、筆者が印象に残ったポスター発表について紹介したいと思います。
川と海とのつながりについて考える
まずは、大牟田市の海洋教育パイロット校三校の児童による発表です。
天の原小学校の児童が、近隣の野間川の環境調査と河口付近の汽水域に生息する有明海固有の生物を観察した結果から川と海とのつながりについて考え、「宝の海 有明海」を守るために自分たちにできることを発表していました。
天領小学校とみなと小学校の児童は、当時の三池炭鉱事務局長だった團琢磨氏がいかに先を見通した港湾整備をおこなったかということや、世界遺産三池港の機能を通した海事部門の奥深さについて発表していました。学び調べたことはパンフレットにまとめられているようです。
大牟田市の三校の発表では、シンポジウムで報告された教育実践の具体的な内容が示されたものであったため、来場者の関心を呼んでいました。
ブナの原生林が海を豊かにする
同様に、シンポジウムで報告があった只見町の小学生による発表が行われていました。
只見町立只見小学校の児童からは、
「みなさんはブナというとどんなイメージを持っていますか」
という冒頭から突然の問いかけがありました。
「ブナの原生林という言葉があるように昔から生えているというイメージがあります」
はからずも生徒たちの発表へのブリッジとなるような答えとなり自己満足に浸る筆者をよそに、周囲を取り囲んだ大人たちを前に堂々たる語り口で、雪食地形という雪崩によって削り取られた地形からブナが生え、豪雪地帯であることから人が踏み入れることがなく、手つかずのままの状態のブナ林が存在するようになった、というユネスコエコパークにも登録されている只見の森の成り立ちを説明してくれました。そしてブナ林が蓄えた水が海へ流れ込んでいくのだと。百聞は一見に如かず、只見の地を訪れて豊かな自然に触れてみたいと思わせてくれる発表でした。
もっとも、海と山間地只見のつながりという点では、日本海の湿った空気が季節風によって運ばれてくることによってもたらされるという事実が補足的なものにとどまったように思います。2017年度から本格的に始まる実践の中で、アウトプットを工夫してみたり、海そのものや海にまつわる事物を介して他地域との共通点を見出したり、今後どのような展開を見せてくれるのか楽しみです。
離島が抱える問題から考える海との共生
北九州市にある私立明治学園高校からは、ミクロネシア連邦のヤップ島についての調査報告がありました。
文部科学省指定のスーパーグローバルハイスクールに指定されたこの学校では、ミクロネシア連邦のヤップ島への国際支援の一環として、日本人の高校生向けのスタディ・ツアー用のパンフレット作りを行なっています。ヤップ島の歴史・産業・社会・教育・医療などについて、生徒はそれぞれの関心に基づいて、研究を進めています。
ユニークなのは、南太平洋の島嶼国のことを調べるための比較対象として、日本の伊豆諸島にある神津島を素材にして、フィールドワークをおこなっている点です。日本の島嶼地域との共通点や相違点を調べていくことで、国外に目を向けながらも、日本の離島社会についても考えを及ばせており、優れた比較研究だと感じました。
その中でも、筆者が注目したのはヤップ島の医療体制に関する研究発表でした。研究は、まず「伝統文化が色濃く残るヤップ島では現代医療があまり発達していないのではないか」という仮説のもとにはじまります。その仮説を検証するために、設備・人材・医薬品・伝統医療といった視点から、神津島でのフィールドワークと、ヤップ島青年海外協力隊員への聞き取りを行います。結果として、どちらも医師の人材確保で苦慮しているという共通点がある一方で、ヤップ島では、設備や医薬品の面でアメリカの支援があり、各種外科、整形外科的手術も実施できる意外と充実した体制にあるとのことです。また、伝統医療も現代医療の妨げにならない範囲で行われており、伝統医療と併存しつつ高い水準の医療が提供されていることがわかったとの研究報告がありました。
以前、離島に関する専門誌の編集長から、「離島には欠かせない三要素がある。それは産業、医療、教育だ。」と伺ったことがあります。離島における医療は、人材を島外から確保せざるをえません。生徒の発表でも、神津島では、医師は任期が終われば島外へと赴任して行ってしまうので島民との信頼関係が築けていない、という離島ならではの悩みがあることが紹介されていました。
離島の医療には、離島特有の問題としての面と、いわゆる僻地医療として人口減少地域に共通した面とがあります。離島が抱える課題を通して、日本の地方部全体が抱える課題へ考察を発展させていくこともできるかもしれません。
「島」に焦点を当てた取組みの可能性の大きさに気づかせてくれた発表でした。
上記の発表の他、「第3回全国海洋教育サミット」でも発表を行った岩手県洋野町や岩手県立種市高校の発表、「海洋教育こどもサミットin東北」が開催された宮城県気仙沼市の小学校の児童、気仙沼高校の生徒による発表、神奈川県の逗子開成高校の生徒による発表など数多くありました。
一つ一つの発表がとても興味深かったのですが、発表件数がかなり多かったため、全部の発表をしっかりと聞くことができなかったのが残念でした。
「海」という存在を根本から考える必要
最後に、海洋教育促進研究センター長の田中智志教授から、今回のサミット全体の総括が行われました。
田中センター長からは、「何のための海洋教育か」という問いとともに、海をどのように捉えるか、海自体をどう認識するかなど、「海」という存在を根本から考える必要性が語られました。
海をめぐっては、海を領土と同じように扱う「領海」を代表的に、海を陸地と同様に捉えていこうという考え方があります。しかし、海を陸と同様に考えていいのだろうかという問題提起がなされ、陸上生活を送る人間が「陸」を利用するのと同様に「海」を捉えていいのだろうかと話されました。
「海とともに生きる」という理念を実現させるための海洋教育の姿とはどうあるのが望ましいのでしょうか。そのためにもまずは、田中センター長が語られたように、海という存在そのものについて考え、海と私たちの深いつながりを見出していくことが大事であるのだと思います。
今回、第4回海洋教育サミットに参加して印象的だったのは、「海」という、ともすればイメージがどこまでも広がりがちな対象を、地域の自然や社会を通して掴んでいこうという姿勢でした。また、海の向こうを見据えた国際的学習をする場合でも、グローカルというべき視点が据えられていたり、自分の足元から学ぶという姿勢が表れているように思います。
その姿勢は海洋教育にかぎらず、昨今の教育の動向の中で非常に意義深いように思います。学びのスタート地点をどこに設定するか。そのスタート地点は、おそらく自分の足元であるべきなのであって、海洋教育に関して言えば、少なくとも海洋国家のイメージの強化という大人の思惑からスタートすることが望ましいとは言えないのではないでしょうか。後日、海洋教育を推進している地域の教育関係者の方とお話しさせていただく機会がありました。その際に「海洋教育は子どもファーストであるべき」と仰っていたのが非常に示唆的でした。
自分の地域の良さや地域に生きる人々の智慧に学ぶことによって、いわばしっかりと踏み固められた足元の陸地から、あらゆる可能性の海へ漕ぎ出していける、「海と生きる」子どもたちのそのような学びの姿を望みたいです。
前編はこちら
- 取材・文:
- 北 悟
- 写真提供:
- 東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター