連載

海のデザインが生まれる場所

【vol.1 ニュートラルワークス. 大坪岳人さん】漁網から生まれた再生ナイロンで、暖かなローゲージニットを開発

インタビュー

2024.10.22

ものづくりデザイン企業

海洋プラスチックから生まれたプロダクトや、破棄される貝殻や海藻を使ったデザイン、海の美しさを表現したものなど。実は暮らしの中にたくさんある海と人とをつなぐデザイン。連載「海のデザインが生まれる場所」では、それぞれのデザインが生まれた現場にフィーチャーしていきます。
毎日の暮らしの中に、海とのつながりをもつ意味とは?開発に携わったデザイナーやメーカー、開発者の言葉の中に、その答えの一つが見つかるかもしれません。
第一回目は廃棄される漁網を原料に、漁師が着る伝統的なニットを開発したニュートラルワークス.の大坪岳人さん。自分だけでなく、他者もいい状態(ニュートラル)になって初めてウェルビーイングはなり立つと話す大坪さん。それは私たちと海の関係も同じです。

日本では年間2〜6万トンの海洋プラスチックごみが排出され、その約3割を占めるのが漁網・ロープなどの漁業ごみと言われています。また世界規模では年間800万トンを超える海ごみが発生し、2050年には海には魚よりもごみが多くなるとも。そんな中、開発されたのが漁網から生まれた再生ナイロンをウールと混紡し編み上げたローゲージのニットです。寒い冬の海でもおしゃれに着こなせそうな伝統的なフィッシャーマンズセーターのデザイン。ブランドを牽引する事業部長の大坪岳人さんに、製品に込めた思いを聞きました。

●大坪岳人(おおつぼ がくと)サステナブル先進企業としても知られるスポーツウエアやアウトドアアイテムを展開するアパレルメーカー、ゴールドウインで、2021年にスタートしたブランド「ニュートラルワークス.」で事業部長を務める大坪岳人さん。アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」で素材開発から製品企画を担当しディレクターとして活躍後、新ブランドの立ち上げを任されました。幼い頃から海を身近に感じて育ったという大坪さん。「海に行くと常に新しい視点を得られる」と、海へ行く機会を大切にしているそう。
Q. 漁網由来の再生素材を採用した経緯を教えてください。

大坪さん:ゴールドウインとしてはかなり早い段階から修理や回収などサステナブルな取り組みを行っていて、素材についてもバージン素材ではなくリサイクル素材を積極的に使ってきていました。
アパレルではさまざまな製品でポリエステルやナイロンといった化学繊維が使われていますが、ポリエステルではリサイクルがかなり進んでいるのに対し、薄い素材や軽い素材に使用されることが多いナイロンについては、再生素材としてはまだまだ課題が多く、特に国内では再生素材を探すのもむずかしい状況でした。
そうした中で「ニュートラルワークス.」として積極的にやれることはないかと検討し始めた時に、北海道厚岸市の漁網を使ったリサイクルナイロンに出会いました。繊維として再利用しやすく、社会課題でもある。国内の素材で生産ができるというのも決め手となり製品作りを進めることになりました。
Q. 漁網をリサイクルして漁師のためのニットをというのも面白いアイデアですが、どんな経緯からフィッシャーマンズセーターのデザインになったのですか。

大坪さん:当初はナイロンの特性を生かした軽く薄い物をイメージしていたのですが、そこまで細いものにするのはまだ難しさもあり、であればウールとの混紡がいいのではないかと岐阜県の毛七のリサイクルウールと合わせてニットを生産することに。
漁師が使う漁網から生まれた再生ナイロンなら、その素材をもう一度漁師が使うものに戻していけば精神的な循環も生まれるのではないかと、漁師が着る伝統的なセーターをデザインに採用しました。
もちろん海洋環境全体で見ればリサイクルできる量としては少ないですが、豊漁を願い編まれたという伝統的なフィッシャーマンセーターのストーリーを添えることで、漁網にはどんな課題があるか、また漁網がリサイクルできることも伝えられます。
アパレルは分業制になっている部分が多く、たくさんの専門家の集まりで完成しますが、さまざまな理解や協力を得てできあがったストーリーがあることで、メッセージとしても伝わりやすいと思うんです。

とはいえ、本来的には再生素材だからと謳う必要はないと思っています。日常のいろんなものがいつの間にか再生素材に置き換わってきたように、いずれ当たり前になっていれば良いなと思います。それよりも愛着を持って使ってもらえる設計が重要で、再生素材だからというだけでなく、いろんな視点で大事にしてもらえるのがいちばんです。
フィシュアンドシープスフィッシャーマンカーディガン ¥37,400ニュートラルワークス.
フィシュアンドシープスフィッシャーマンセーター ¥27,500ニュートラルワークス.
Q. 商品タグにはGET YOU READYとありますが、これにはどんなメッセージが込められられていますか?

大坪さん:「ニュートラルワークス.」は2016年に外苑前にオープンした、スポーツの前後に立ち寄って心身ともに整えられるセレクトショップが始まりになるのですが、タイムを競ったり体を鍛えるというより、スポーツの要素を気軽に日常に取り入れることで、暮らしが整いより心身ともに自分らしいニュートラルな状態になれるのではないか、そんな発想が根底にあります。
GET YOU READYは、2021年にオリジナルブランドとしてスタートする際にもう一度コンセプトを明確にした時に生まれた言葉になります。自分が整おうと思ったら、自分だけのことをやってもダメなんです。自分の周りにいる家族や仲間も整ってはじめてウェルビーイングは実現する。そして自分と他者の解釈を進めていくと、それは家族だったりチームだったり、地域や街だったり地球だったりもするわけです。常にその他者との関係を意識していきたい、そうした思いがこのGET YOU READYには込められています。
商品の開発においてもその思いは一緒で、今の時代に自分たちでものを作る際に、例えば素材は環境へのインパクトは最小限に、デザインについては使い方を制限しない活動をシームレスにしていくものにと、つながっています。
Q. 企業やブランドとしては、その他にどんな活動を行っていますか?

大坪さん:ゴールドウインでは、「グリーンサイクル」や「グリーンバトン」とネーミングして商品のリサイクルやリペアを行なったり、またブランドごとにビーチクリーニングなどさまざまなイベント活動も定期的に行なっています。
「ザ・ノース・フェイス」の部署にいた頃には、マイクロプラスチックを理解するためのワークショップを沖縄で開催したこともあります。目の前の砂浜の30㎝四方からマイクロプラスチックを拾いましょうという内容なのですが、その途方もない作業の目前には果てしない海が広がっている。それを見ると、流出させないのはもちろん、そもそも使う素材自体を考えないといけないという実感に変わってきます。体感が伴うことで目の前の課題が自分の物差しで測れるようになり理解が深まるワークショップでした。
「ニュートラルワークス.」では、スウェーデンで生まれた街を走りながらゴミを拾うプロギングという活動も行なっています。ゴミ拾いをしながらなので、しゃがんだり色んな動作が伴うので体も整いやすいですし、仲間と一緒におしゃべりしながらゲーム感覚で行えて充実感もあります。ゴミ拾いというより、その体験を通して体や心を整えるのが目的です。
どんな活動もそうだと思いますが、能動的にやることでそこから得られる楽しみは全然違ったものになると思うんです。「PLAY EARTH」というのはゴールドウインが掲げるコンセプトでもあるのですが、クリーンナップも地球における活動の一つ。暮らしの中でごみは出てしまうものなので、いかに楽しく活動できて、またやりたいと能動的に思えるか、それを作っていくのも「ニュートラルワークス.」としての役割だと思っています。
左は素材として再利用する「グリーンサイクル」の、右は修理を行い必要な人へとつなぐ「GREEN BATON」の回収ボックス。ゴールドウインやザ・ノース・フェイス、ヘリーハンセンのショップに置かれている。
リサイクルポリエステルを使用したニット。シンプルなデザインながら、汗をかいてもウエア自体を弱酸性の状態にキープするなど機能にも優れているため、オフィスでもスポーツでも活躍してくれる。
今季、新たにラインナップした漁網リサイクルのダウンジャケット。ナイロン特有の柔らかく軽やかな素材感が実現した。中には体温で生まれる温度を生かし快適な暖かさを作る光電子を使用したリサイクルダウンが採用されている。
Q. 最後に大坪さんご自身にとって海はどんな存在でしょうか。

大坪さん:海の近くで育ち、父にいつも連れて行ってもらっていたのでとても身近なものです。また航海士になるための学校に通っていたこともあり、自分の人生にとても大きな影響を与えているものだと思います。海は原点で、何かが生まれる場所でもある。そうした思いを込めて子どもたちの名前も海にまつわる漢字を使っているくらいです。

今も、日常的に海を眺める機会は大切にしています。シーカヤックをするのですが、目線と水面が一緒になったり、海から陸を見たり違った視点を持てるのが魅力です。都市で暮らしているとどうしても視点が固定されてしまいがちですが、海へ行くと自然と視点が切り替わる。自分の中で新しい発見があったり整う感覚が生まれます。
山へもよく行きますが、海も山も含めて自然がもたらしてくれるものは本当に多いと思います。その上で仕事や暮らしで大事にしている感覚は、子どもたちに何を残してあげたいかということ。100年後を見据えて大きなスケールで物事を考えるのは難しいけれど、大切な人のことを考えるとできることがある。例えば20年後、子どもたちにこの景色を見せてあげられるか、そうした感覚を持ち続けていることも大事なことだと思うんです。

ニュートラルワークス.公式ウェブサイト

取材:
田村美季
撮影:
横井 隼