連載

海のデザインが生まれる場所

【Vol.2 フィッシュバッハ1819 田原 克行さん/日本フィスバ】海の清掃活動をサポートしながら、高品質な再生素材で製品をデザイン

インタビュー

2024.11.11

ものづくりデザイン企業

デザイナーやメーカー、開発者へのインタビューから、暮らしの中に海とのつながりを持つ意味について考える連載「海のデザインが生まれる場所」。今回は、海洋廃棄物のアップサイクルから生まれた「ビニュー・シー」コレクションを展開し海洋保護活動もサポートする「フィッシュバッハ1819」にフォーカス。話を聞いたのは日本支社となる日本フィスバの代表取締役社長の田原克行さん。天然資源の使用削減を図るのと同時に、長く使いたいと思えるものである必要であると田原さん。その時にデザインが果たす役割はとても大きいと言います。

海の生物や生態系への影響も甚大な海洋ごみ。その約6割はプラスチックで、素材の特性から中には400年以上も海を漂うものがあると言われています。では暮らしに便利なプラスチック、社会でどう扱っていく必要があるのか。使い捨てプラスチック製品を廃止したり、プラスチックボトルの回収率、再生率を上げていくなど、各国でさまざまな対策がなされています。その中で注目を集めているのが、繊維産業における海洋プラスチックによる再生素材活用への取り組みです。
スイスの老舗テキスタイルブランド「フィッシュバッハ1819」は、スペインの海洋保護団体「SEAQUAL INITIATIVE(シーコール・イニシアチブ)」とタッグを組み、業界でいち早く海洋廃棄物を原料としたリサイクル素材から高品質なホームテキスタイルを開発。ドレープの美しいカーテンや、なめらかな肌触りのソファの張り地、鮮やかな色合いのカーペットなど、これまでの再生素材の常識を覆す高品質かつハイセンスなインテリアファブリックが私たちの暮らしを彩ります。
きれいな海のために何ができるのか。循環型社会の一端を担う企業の取り組みについて話を聞きました。

田原克行(たはらかつゆき)1819年にスイスで創業した、ヨーロッパで最も古い高級インテリアファブリックブランド、「フィッシュバッハ1819」の日本支社となる、日本フィスバの代表取締役社長を務める。国内外の展示会に自らも足を運び、インテリアファブリックのトレンドにも精通する。サーフィンを始めるようになって定期的に海へ行くという田原さん。海や波に向き合う時間がとてもリフレッシュになるそう。

Q. 創業から200年を超える「フィッシュバッハ1819」ですが、長い歴史の中でリサイクル素材での商品開発をスタートしたきっかけを教えてください。

田原さん:フィッシュバッハ1819が、リサイクルインテリアファブリックのコレクション「Benu(ビニュー)」を発表したのは2009年のことです。インテリアファブリックにおいては世界初でした。
会社としては、6代目のマイケル・フィッシュバッハがCEOになり、妻のカミラ・フィッシュバッハがクリエイティブ・ディレクター就任した頃になります。ニューヨークの企業が開発したリサイクル糸との出会いから、「新しいテキスタイルの開発において、限りある資源の使用を減らしながら、今ある原材料を有効的かつ継続的に使っていく革新的なアプローチが必要」と考え、企業ポリシーにも“サステナビリティ”という言葉がこの時に加わりました。

海洋廃棄物のプラスチックをアップサイクルした糸を使った「ビニュー・シー・カーペット」コレクション。ハンドタフトで作られている。

Q. インテリアファブリックでは世界初とのことですが、当時は大きな話題になったのでしょうか。

田原さん:国連でSDGsが採択されたのが2015年ですので、だいぶ早い取り組みでした。ただ、まだ環境問題に対して今ほどの気運はなくサステナブル先進国と言われるヨーロッパ諸国でも市場の反応は薄いものでした。10年はそんな状況が続きましたが、フィッシュバッハでは毎年新作を出し続けています。そうすることでリサイクル素材の開発を共に推し進めていくことになるわけです。当初は肌触りもまだかたく、色も暗いものが多かったのが、年々、肌触りも発色も良くなり表現がどんどん広がっていきました。
リサイクルインテリアファブリックとして注目を集めるようになったのは、BENUコレクションが誕生してから10年後のことです。SDGsの指針が明確になり、権威あるデザイン・アワードにもサステナブルな評価軸が取り入れられるようになった頃。2019年にはリサイクルペットボトルの再生素材から生まれたベルベット生地「BENU TALENT(ビニュー・タレント)」が、翌2020年には海洋廃棄物をリサイクルした「BENU SEA(ビニュー・シー)」コレクションが、それぞれレッド・ドット・デザイン・アワードとスイス・デザイン・アワードを受賞しました。
10 年以上にわたりリサイクル素材の研究と持続可能な生地の開発に取り組みデザインとしても確かな成果を見せ、市場の流れや期待感の高まりと合致したことで、ここからインテリアファブリックにおけるリサイクル素材への認知も加速していきます。

材料の70%がリサイクルペットボトルから作られたべルベット生地の「ビニュー・タレント」。滑らかな肌ざわりと鮮やかな発色が実現した。
海洋廃棄物のプラスチックをアップサイクルしたSEAQUAL®Yarnを使った「ビニュー・シー」コレクション。

Q. どんな種類のリサイクル素材のコレクションがあるのでしょうか。

田原さん:リサイクル素材のビニュー・コレクションは、ペットボトルリサイクルから生まれた「BENU PET(ビニュー・ペット)」、アパレル生地をリサイクルした「BENU YARN(ビニュー・ヤーン)」、繊維工場でのリサイクルとなる「BENU INDUSTRY(ビニュー・インダストリー)」、そして海洋廃棄物を利用した「BENU SEA(ビニュー・シー)」と4つのカテゴリーで構成されています。
海洋廃棄物の再生素材を使った「ビニュー・シー」コレクションでは、スペインの海洋保護団体「SEAQUAL INITIATIVE(シーコール・イニシアティブ)」が製造した海洋プラスチックごみ由来のリサイクルポリエステル糸「SEAQUAL® Yarn(シーコール・ヤーン)」を使い製品を開発しています。「シーコール・イニシアティブ」では、業界やNGO、コミュニティ、自治体と協力しながら、世界中の海で清掃活動を行ない、収集された海洋プラスチックをアップサイクルし素材開発を行なっています。彼らが活動で回収したプラスチックを含む再生糸「シーコール・ヤーン」を使用した製品を製造することで、より多くの海洋ごみを収集するサポートできる仕組みになっています。トレーサビリティも確保され、製品の購入者が海の保全活動に貢献できることになるのです。

海洋プラスティックをアップサイクルしたSEAQUAL®Yarnを使用した、タテ編みニット生地の「ビニューネット」。2色の糸が一つに紡がれ奥行きのあるメランジのような色合いになっている。

Q. インテリアファブリックにリサイクル素材が誕生して15年が経ちましたが、状況の変化は感じられますか?

田原さん:業界に先駆けて開発を行ってきましたが、例えばホテルなどでリサイクル素材が使われる例はとても増えてきました。企業としての取り組みも見えやすく、利用者もそうした部分を評価することが増えたことも理由だと思います。
またクオリティやデザイン性が上がったことで、ここ数年は一般住宅でも自然に取り入れられるようになってきました。これはとても大事な部分で、リサイクル素材だからと選ぶのではなく、いいと思うものを選んだらそれがリサイクル素材だったという形で、自然とリサイクル活動が行われていくことにつながります。そうした部分でも、長く使い続けてもらえる「いいデザイン」であることはとても重要です。
リサイクルが進むことで、開発が進みコストも下がる。結果、商品価格も手に取りやすくなり積極的に素材が置き換わっていく。こうした流れがどんどん取り入れられ、気がついたらリサイクル素材が当たり前になっていくのが理想ですね。

Q. 最後にご自身にとって海はどんな場所ですか?

田原さん:以前はほとんど足を運ぶ機会のなかった海ですが、10数年前にサーフィンをはじめて、今では月に数回は行くようになりました。日常とは違う自然の中に身を置くことで、シンプルに気持ちよくとてもリフレッシュできる時間です。中でも自分の場合はサーフィンが目的なので波を相手にするわけですが、自然の凄さを体で感じます。海に入っているときはまさに無我夢中で、普段の生活ではなかなか持てない無心な状態。そうした時間を自然に持てるのも海がもつ魅力だと思います。
また海へ通う中で感じるのが、人々の環境への意識の高まりです。ビーチクリーニングは以前から地元のサーファーを中心に行われてきたことだと思いますが、今ではビジターたちにとっても当たり前の活動になっています。企業のリサイクル活動も同じですが、どんな活動が行われているのかを知ることで少しずつ意識が変わっていき、それが世の中の流れを生みだしていく。気がついた時には持続可能な世の中になっているのが理想だなと思います。

ーーー「シーコール・イニシアチブ」がこれまでに回収した海洋ごみは600トン。そのうち200トンが再生プラスチック素材に変換され、美しいデザインへと生まれ変わったそうです。日本では2022年に「プラスチック資源循環促進法」が施行され、「捨てることを前提としない循環型システム」の指針もできました。では私たちは暮らしの中でどうものを選ぶのか。私たちの生活そのものが、循環型社会の一部であることに改めて目を向けていく必要がありそうです。

フィッシュバッハ1819

取材:
田村美季
撮影:
横井 隼