奄美大島でのワークショップでの体験を「Apotheosis of the Sea(海の神格化)」と題したZINE(ジン)で表現したのは、武蔵野美術大学の建築学科で学ぶ川合沙羅さん。幼い頃から家族と海へ出かける機会が多く、海への親しみを深く感じていましたが、3日間のワークショップを経て海に対する認識や距離感に大きな変化があったといいます。その変容を言葉と写真、そしてイラストで表現したZINEについて、またこのワークショップでの経験について話を聞きました。
Q. 今回、The Ocean Campingに参加しようと思った理由を教えてください。
「僕の父は昔からサーフィンをしていて、小さい時から釣りにもよく連れて行ってくれていました。海との関わりが多かった影響で気がついた頃には海に対して不思議と引き込まれるような魅力を感じていました。また母の故郷の海にも毎年行くのですが、海に入っていなくても潮風を感じただけでテンションが上がります。自然と海への興味も強くなり、海の環境の問題、特にそれらが海の生物に対して与える影響に強い関心を持つようになりました。このワークショップではそうしたテーマを、プロダクトや建築などで表現できる機会になるのではと思い応募しました。また今は建築学科で学んでいますが、建物の設計だけでなくもっと幅広くデザインについて勉強してみたいと思っていて、プロダクトデザイナーとして活躍する倉本仁さんのプロジェクトであることも参加したいと思った大きな理由の一つです」
Q. たしかに、参加者の中でも海との距離感が近く、誰よりも長く海に入っている気がしましたが、3日間のキャンプはどんな川合さんにとってどんな体験になりましたか?
「これまで自分にとって海はとても親しみのある、 自分を受け入れてくれるフレンドリーな存在でしたが、ワークショップでははじめて海に拒まれているような感覚を覚えました。魚を捕まえるのに海に入っていたら、水温差で視界が急にモヤっとして魚を見失ったり、流れが変わって違うところに連れていかれたり、なんだか操られているような気持ちになりました。海との関わりを考える時、つい人間が主体だと考えてしまうけれど、実はそもそも海に主導権があり、僕は海にもてあそばれているんだということに気付かされました。また海の向こうが曇ってきたなって思っていたら、雨が塊で近づいてきて天気の変化と合わせて海の表情が一瞬にして変わったのにはびっくりしました。海の感情性みたいなものを見た気がしました」
Q. 海の表情の変化が、作品にもとても反映されていましたね。他にもワークショップで印象的だったことはありますか?
「離島を訪れたのがはじめての経験だったんですが、そこにある岩だったり植物だったり景色が本島とは違う感じがしました。植物自体に意思があるような強い生命力を感じて、場所が変わるだけでもこんなにも違うんだというのは印象的でした。また海ごみも思っていたより多くてびっくりしました。海の向こうから流れ着いたごみを海岸の植物が抱え込んでいる様子もとても興味深かったです。これまで家族と訪れていた海は、人が訪れることができる整えられた場所で、訪れるのも天気もよく安全に楽しめる日でした。なので、そんな怖いと感じる海を見ることもなかったんだと思います。海には感情がある。そして自分とは決して対等の存在ではなく、人間を超える雲の上の存在というのを実感した3日間でした」
Q. 今回、そうした経験をプロダクトではなくZINEで表現しようと思った理由を教えてください。
「まず表現したかったのは、僕が感じた海の感情性や神格化の感覚です。というのも、たとえば海は怖いというのは情報としては知っているけれど、実際のところ実感が湧かない人は結構いると思うんです。実際に僕もそうだったので。そういう人に対して、 海はそもそもどんな存在なのかというのを伝えたかったんです。美しく包容力がある海ですが、いつだって受け入れてくれるわけではなく、時には突き放されたりもてあそばれたりする。海には感情がある存在だと知ることでより海に対する理解が深まるのではないかなと考えました。そして海の感情性や神格化を人に伝えようとなった時に、僕自身が五感で経験したことをプロダクトだけで伝えるっていうのが難しく、当初はインスタレーションにしようと考えました。今回は作品をwebで発表するということもあり、その体験を共有する方法として最終的にZINEになりました」
Q. 自身の変化にも向き合った3日間になったのですね。そのなかで現地での過ごし方で特に意識したことや大切にしたことはありますか?
「感じたことをできるだけ書き残すことを心がけました。時間も限られていましたし、いろんな経験があったので、なんでも気になったことは書き留めておかないと忘れてしまうだろうなと。また。途中で何度かみんなで話す時間があり、考えたことや感じたことを言語化する時間もよかったと思います。その日の経験で何を感じて考えたのかが整理できたり、他の人の話を聞けたことも、海での体験を客観視できたり、視点が広がったり、対話の中からも色々生まれた気がします。大学の授業では建物を建てる場所へ下見に行きリサーチを行うということはありましたが、こうした実践と思考を同時に行うワークショップははじめてのことでとても新鮮でした。テーマや方向性が決まるまでがなかなか大変でしたが、海での体験の記憶が強烈に残っている分、テーマやアプローチの方向性が決まった後はとても進めやすかった印象があります」
Q. ZINEの制作において、構成やデザインでこだわった部分や大切にしたところを教えてください。
「『海は親しい存在』かという問いかけでスタートします。そこから時間軸で僕が現地で見たもの、体験したこと、感じたことや変化を記して行くのですが、それぞれの時間で海がどんな表情をしていたのかをイラストで表現し、自分の言葉とそれを表現する写真がセットになっています。時間を追いながらその構成を繰り返し、最終的には海の擬人化の最終系が浮かび上がってきます。読み進んでいくうちに、だんだんと海の全貌がわかってくるような構成になっています。そしてもう一度、『海は親しい存在か』という最初の問いを提示して、読者にもう一度考えてもらう構成にしています。その後に『僕たちは海に歓迎されていないし、 海は僕たちを生かして海への接触を許している。彼は親しい友人ではなく、僕たちを超越した誰かであることは間違いない』という僕自身の考えをまとめ、1番最後のページに、海の擬人化の最終系を書きました。心がけたこととして、読者に海の神格化の過程を疑似体験してもらえるようにしました。途中のページに小さな封筒を作っているのですが、このパートのテーマは『彼(海)は僕に生きる力を恵んだ』というもので、海によって僕たちは生かされているということを表現していて、海からの恵みを受けて生かされているんだというメッセージとして封筒を作りました。中には現地で釣った魚や、見つけた海ゴミが入っています」
Q. 今回の海でのワークショップは、今後のご自身の製作活動へどんな影響があると感じますか?
「まず、デザインをするにあたって経験することの重要さを強く感じられるワークショップでした。海の中の景色、海を泳ぐ感覚、その土地ならでの野生的な植物の姿、そして現地での船頭さんから聞かせてもらった奄美大島の暮らしについての話なども含めて、あの場所にある生命力的なものを感じることができたのは本当に大きな経験になりました。それは環境に飛び込むこと、考える時間を持つこと、言語化すること、他の人と考え方や感じたことをシェアすること全て含まれますが、今後はこうしたことを重要視して取り組みたいなととても思います。また海の体験でなくてもそう感じたのかというと、僕にとっては親しいと感じていた海がそうではなかったという経験と実感がとても大きくて、やはり海での体験だったからこそ得られた感覚だと思います。またキャンプ後に仁さんとZoomで進捗を共有する時間がありましたが、まずプロトタイプみたいなものを作ってみるといいと言われたのがよかったです。あらためて俯瞰して自分が伝えたいことが他者にどう伝わっていくのか、そのためにどんなことが必要かなどを考えることができました」