新しいことにチャレンジする一年にしたい!そんな思いで参加してくれたのは、武蔵野美術大学造形構想学部のクリエイティブイノベーション学科で学ぶ中村栞菜さん。実は海は苦手でしたが、苦手だからこそ気づける何かがあるかもしれないと、他の参加者とはまた違った視点を持ってワークショップに参加しました。製作したのは海を通して相手を知るカードゲーム。海を切り口に語り合うことで参加者のいろんな一面を知ることができた現地でのディスカッションの時間がヒントになったそうです。
Q. ワークショップに参加しようと思った理由を教えてください。
「ワークショップに先駆けて武蔵美で開催された公開講座で『海は好きですか?』と言う質問がありましたが、正直海は苦手でした。ただそれよりも2年生になって新しいことにチャレンジしたいという時で、苦手だからこそ気づけることもあるのではないかなと思い参加してみようと思いました。また将来はアイデアやデザインを通じて人々の生活を豊かにする建物やプロダクトを創り出すディベロッパーになることを目指しています。島で実際に感じたことを形にするというプログラムがきっといい経験になると思い参加を希望しました」
Q. 苦手だった海に挑戦するワークショップになりましたが、事前にイメージしていたことや準備したことはありますか?
「ワークショップの大テーマとしてOCEAN BLINDNESSという言葉があり、海を知らない人たちへ向けたデザインを考えて参加しました。事前に考えていたのは、海ゴミで作品を作るのはやめようということです。海に興味を持ってもらうには、海が抱えている問題を直接的に提起するよりも、海がどれだけ魅力的なのか、ポジティブな情報を発信した方が伝わりやすいのではないかと思っていたからです。倉本さんの事務所で行われた事前レクチャーでも、現地での体験を大切にしてほしいという話がありましたが、新しい体験に対して自分が感じことや気持ちの変化を見逃さないように過ごしていました。また、行く前に現地で安全に過ごすための資料が配られましたが、今までレジャーのために安全で整えられた海しか知らなかったので、どれも私にとっては新しい情報ばかりでした。なので事前準備としてハブに噛まれた時の毒の対処法など、いろんな情報も頭の中に叩き込んでいきました」
Q. フィールドワークを行い制作に取り組むのははじめてとのことでしたが、ご自身にとってどんな体験になりましたか?
「食料を取りに行く等、生きる為に海に入った経験が初めてでしたし、あんなに長く海で泳いだのも初めてでした。また奄美大島の海は一見すると海はすごくきれいなんですが、中をのぞいてみると珊瑚が白化していたりして海が抱えている深刻な状況を目の当たりにしたのも印象的でした。釣りや魚突きにも挑戦しましたが、こんなにも難しいんだってことも知りましたし、海と直に触れ合う体験自体がはじめてで、どれもとても印象的な出来事でしたね。またキャンプに向けていろんな準備をしていきましたが、現地でお世話になった船頭さんの『こうすればなんとかなるんだよ』といった、自然と暮らす経験に裏付けされた無駄のない考え方も印象的でした。普段なら1匹の虫でも気になっていたけれど、現地にいるとそんな小さなことは全然気にならなくなる環境で、悪天候も受け入れるしかないシチュエーションだったというのもありますが、目の前にある状況を受け入れる度胸や柔軟さみたいなものが生まれたのは大きな変化でした」
Q. 楽しかっただけではない海の体験を経て、中村さんはカードゲームを制作しました。どんなことが主題になっているのでしょうか。
「キャンプ中に何度か行ったディスカッションの時間がテーマになっています。各自どんな風に海と向き合ったのか、またどんなことを感じたのかをシェアした時間がとても新鮮で。たとえば東京で生まれ育った私にとっては、海へ出かけることは一大イベントになるくらいのことでしたが、海と暮らしてきた人がいたり、友達になろうとしている人がいたり、同じ海に向き合っていてもこんなにも捉え方が違うんだと驚きました。また海をテーマに話をする時に、思い描く海の景色も違えば、それまでにしてきた経験も違って、少しずつその人のことを知れたり、またその人を通して海のことも新しく知ることができる。その時間がとてもおもしろかったので、海を中心に置くことでお互いを知り、新しいコミュニケーションや輪が生まれるものとして考えました」
Q. デザインする上でこだわったところや大切にしたところを教えてください。
「まずカードに書かれた言葉については、できるだけシンプルな質問になるようにしました。というのもキャンプのディスカッションで、小さな質問からでもそれぞれいろんな興味が湧いてコミュニケーションってどんどん生まれてくることを実感したからです。ゲームに参加している人同士で深めていけるように、あえて理由を聞くような質問はカードには書いていません。質問自体は私自身が現地でみんなから聞いて刺激になったことや仲良くなった瞬間をイメージしながら考えていきました。またどんな紙を使うかという部分に関しては、現地で体験した語感の情報を大切にしながら選びました。たとえばカードの紙は2層になっていて、光沢感がある面は光が差した海の中の様子から、また裏面のざらっとした質感のものは海に潜ってはじめて耳にしたパチパチと空気の弾けるような音からイメージしました。またケースを開けたとき一番上にメッセージを書いた透け感のある紙が一枚入っているのですが、それは海の表層部分で見たモヤモヤっとした海水の様子をイメージしたもので、それをめくると本質を問うカードが入っている仕組みになっています。パッケージの蓋は自分で描いた水彩画を使いました。現地で見た植物や魚、海ごみなどとそれを見た時の自分の感情などがモチーフになっています」
Q. 制作の過程の中で1番大変だったのはどんな部分ですか?
「実は箱の構成にすごく苦労しました。データを作るのが難しくて、家にあるいろんな箱を分解しながら、箱としてどの面もきれいにおさまるように紙の厚みや溝など何度も調整していきました。また、カードゲームと決めてからは面白いルールや遊び方にばかり焦点をあててしまい、本来目指していた目的とどんどん離れてしまうという難しさに何度も直面しました。でも途中のミーティングで仁さんから、自分自身が感じた海での経験を素直に表現する方がいいんじゃないかというアドバイスをもらって、私がした体験自体を海と関わりの少ない人でも『海』を通してのコミニケーションができることを伝えればいいのだと思いました。そこからはどのようなビジュアルデザインにすればいいかという点で悩みました」
Q. フィールドワークからアウトプットの制作までを通して、ワークショップに参加したことは中村さんにとってどんな経験になりましたか?
「現地でのフィールドワークについては、自分だけはいけない特別な体験ばかりでした。また作品のテーマにも通じる部分ですが、同じ大学に通いながらそれぞれ違う学科で学ぶ学生たちが集まったことで、バックグラウンドも違えば、感じ方や表現もそれぞれ違って、でもそんな人たちと交流できたことがとても刺激になりましたし、いい経験になりました。また苦手だった海ですが、今回のワークショップでは、遊びに行くための海だけでなく、船頭さんをはじめ参加者それぞれの生き方に海があるということ知り、海との距離感がすごく近くなりました。誰かを知れるコミュニケーションゲームでもありますが、一人でも遊べるゲームになっています。また海がなくても海を感じることができるのもカードゲームとして表現できてよかったなと思いました」