武蔵野美術大学で行われた公開講座で「海の水は2000年かけて地球を一周する」など、私たちが知るべき海の真実についての話を聞き、俄然海への興味が湧いてきたという長野県生まれの小林柚花さん。等身大で海を感じてみたい!とワークショップへの参加を決めました。「海は青い」というイメージからスタートした小林さんのワークショップですが、船の上や浜辺から見えていた海と、海に潜って見たものは全く違う色だったそう。少しずつ海を知ることで海との距離感が縮まっていった小林さんはその経験を疑似体験できる装置としてデザイン。ワークショップで感じたことと合わせて制作について聞きました。
Q. 今回、ワークショップに参加したいと思った理由を教えてください。
「私は長野県出身で二つのアルプス山脈の谷間で生まれ育ちました。幼い頃から多くの時間を森の中で過ごしていたこともあり、人と自然が関わり合う接点を問われたときに真っ先に思い浮かぶのはいつも森の中の風景でした。今回、事前に行われた説明会で、海の水は長い時間をかけて循環していること、そしてその途中で様々な土地の中、そして人の中を通過していることを知り、とても胸が高鳴りました。たとえば山ならゴミは誰がどんな状況で捨てたのか、そのゴミがその後どうなるのかがはっきりと想像できます。でも海の場合は、海は広くて深くてまた複雑につながっていて流動していることを知り、あらためて私が見ていた自然は地球のほんの一部だったことに気付かされました。ワークショップではそうした果てしないつながりを島で見つけたいと思い応募しました」
Q. 海をもっと知りたいという思いで参加したということですが、事前にイメージしていたことややろうと決めていたことなどはありますか?
「行く前から楽しみにしていたのは魚を捕まえてみることです。そのような等身大の海との関わりをすごく楽しみにしてました。観察することも含めて、自分が新しい体験をしたその時にどう感じるかを中心に海を素直に楽しみたいという気持ちが強くありました。海ゴミや気候変動については事前知識として調べた上で、自分の中でゼロだった海とのつながりを1もしくはそれ以上に増やしていくことが目標だったので、知識的なことは一旦置いといて、現地では素直に海とはどんなものなのかを知りに行くイメージでのぞみました」
Q. 実際に海で過ごしてみて、どんな印象を得ましたか?
「やはり海での体験が強烈で、行く前に知識として頭に入れていったものを深めるというより、目の前に広がる海の美しさ、はじめて体験する音や光が記憶に刻まれた気がします。一方で、テントを張った場所は海ゴミがとても多くてびっくりしましたし、自分たちがゴミを海に持ち込んでいる罪悪感なども感じました。しかし今回キャンプを通していちばん印象に残っているのは海が見せてくれた様々な表情でした。また現地で船頭さんに奄美大島について歴史や暮らし、植物や生き物についてなどの話を聞きくことができたのもとても貴重な経験になりました。当初は海の中への好奇心強かったのですが、船頭さんからの話を聞いて周辺の文化や暮らしについても想像を働かせることができました。海と一言で言っても地域固有の海があることを実感できたと思います」
Q. はじめての海での体験で、海について知っていくことがどんどん増えていく経験をしたということですが、ご自身の中でどんな変化や気づきがありましたか?
「たとえば今回はじめてシュノーケルをつけて潜ったんですが、最初は海に潜ることに恐怖感がありました。でもそうした怖さは自分がはじめて体験することで、想像力が及ばないと言う事から感じるものなんだということに気が つきました。シュノーケルの使い方に慣れてくると少しずつ恐怖心が減っていき、もう少し長く、もう少し遠くにと、だんだんと夢中になる自分がいておもしろかったですね。また海の中の様子を少しずつ覚えてくことで、情報が蓄積され知っている海になり海との距離感がどんどん近くなるのを実感できました」
Q. 海で感じた変化や気づきをどう記録するかなど、現地の過ごし方で意識したこととかはありますか?
「事前にレンズ付きフィルムの『写ルンです』 が配られていたので、写真におさめると言うのは特に意識しました。現地で過ごしている中では自然と時間の流れを意識して景色を見るようになりました。たとえば同じ波打ち際でも、時間によって流木や海ゴミが潮の満ち引きでそれぞれ異なる波の形になって残っていたり、そうしたものを記録しました。細かいタイムスケジュールに基づいて活動するというワークショップではなかったので、海の色や水温、また潮の満ち引きで時間を感じることができておもしろい体験になりました」
Q. 作品についてお伺いしたいのですが、今回は奄美大島での体験のどんなことをテーマにしましたか?またデザインとしてこだわった部分や表現が難しかった部分を教えてください。
「海の中で見た色の変化をテーマにしています。海=青と思っていたものが、潜ってみたら想像もしていない色や景色が広がっていたことから体験を通して海を知っていく様子を表現したいと思いました。具体的には海の中をドライアイスの煙に見立て、潜ったことで感じた感覚的なものを疑似体験できる装置として表現しています。煙の動きは、波の様子を連想させる動きをしていて、外からは表面しか見えない特徴も、海の様子と類似してるように感じました。知らないことをだんだんと知っていくぼんやりした状況や、何かを知ろうと掘り下げる行為を表現することができると思いました。体験としては2つの要素に注目して表現しています。一つは見えている色自体の変化です。煙越しには黒く見えるパネルですが、煙をどけてみると3原色のドット柄が見えてきます。そしてもう一つが形態の変化です。煙ごしでは一枚の青い円形パネルですが、煙を退けると半円は印刷によるグラデーションになっていて、もう半分は煙に沈められていることがわかります。ドライアイ スの煙は息吹きかけたら簡単に飛んでしまいますが、煙はすぐにまた復活します。自分の行動がふんわり反映されて、動きが海につながるように意識しました。全体の面積が小さすぎると波の表情が出にくかったり、中に入れる物も高さによっては効果が得られないため、狙い通りの反応が起きるように深さや広さを調整して制作しました」
Q. 現地でのワークショップから制作までを通じて、どのような経験になったと感じますか?
「素直な感想として、ワークショップの3日間が楽しすぎて、では何を作ろうかと考えると、楽しかったなということばかりが頭に残っていました。そんな感じで制作期間に入って、ミーティングに向けて何度も言葉にしたり、現象を扱ったりというのを繰り返すことで、楽しかった思い出の中に自分の感じたことや、海に対しての感じ方に戻ることができ整理できたのは、自分的にとても身になったなと感じています。これまで環境や社会と関連付けた制作をする機会はなかなかなかったので、海についての活動を行なっている3710Labと一緒に進めることができたことも含めて、海に向き合って作品を作るというのがとても新鮮な経験になりました。自分の中でのデザインとの関わりのチャンネルがひとつ増えたという感覚です。制作物は、ジャンルを絞らないというのもあったと思いますが、自分だけで考えて進める普段のやり方とは違って、オーシャンブラインドネスを考えるという明確な目的に向けて、どうデザインして感じてもらうかという問いに向き合う過程は、まさにチャンネルが増えたところだと感じています。またデザインを通して海を考えた時に、体験を超えるデザインというのはとても難しく、一方でデザインは海と人を紐付けることができる。デザインを通してどれだけたくさんの人が海に導かれてくのかというのが役割になるのではないかと感じました」