海洋環境デザインワークショップ The Ocean Camping 2024 参加者インタビュー|「海って本当に青いの?」下田琴水

海を体験することで”海を知らない”ことに気づくプロセスを表現

2024.09.21

ワークショップ環境デザイン海洋デザイン教育

幅広い領域におけるデザインについて学ぶデザイン情報学科に所属する下田琴水さん。事前の公開講座に参加し「私たちは海を知らない」という捉え方自体に新鮮な感覚を覚えたと言います。そして奄美大島でははじめてのシュノーケリングを体験。ゴーグルの向こうに広がる海の美しさに心を奪われ、主観的に海を知る体験を表現したいと製作に挑みました。グラフィックとタイポグラフィーを駆使しながら、知っていくプロセスをていねいに表現した冊子が完成。現地で得た感覚からコンセプトを生み出す難しさ、そして完成までのプロセスについて話を聞きました。

Q. 今回、ワークショップに参加してみようと思った理由を教えてください

「春に世界遺産検定を受けたのを機に自然遺産について学ぶ機会がありました。その中で外来種や気候変動による影響、海が信仰の対象として重要な背景を持つことなどを知ったのですが、中でもノルウェーの世界遺産であるガイランゲルフィヨルドについて学んだ際に、『ガイランゲルには牧師はいらない、フィヨルドが神の言葉を語るから』という言葉があることを知り、自然の神秘性に魅力を感じたのがきっかけです。私はデザイン学科に所属しており、この学科では『デザインを情報学として学ぶこと』がカリキュラムの主軸となっています。書籍、プリントメディア、CG、プログラミング、ゲーム制作、Web制作、サウンド制作など、さまざまな表現方法や技術を扱い、情報を統合して新しい価値を創出するデザインを学んでいます。私自身は、好きなものを作るというより、置かれた問題に対してどうリサーチして解決していくか、そのプロセスにすごく興味があり、今回は問題解決のためにどう自分が向き合えるかをプロジェクトを通して学べるいい機会だなと思い参加しました」

Q. 実践形式でのワークショップで自ら課題を見つけデザインを考えるというプログラムでした。実際に参加してみてどう感じましたか?

「はじめは海ってすごく身近なものだと思っていたので、海が身近ではないという概念や、海と人とをつなごうという考え方自体を持っていませんでした。それ自体がとても新鮮で、興味をそそられる感じがして参加したというのもあるくらいです。でも実際には学べば学ぶほど海が遠ざかってく感覚になり、自分の知らなかったことが多すぎて、身近さよりも逆に畏敬の念みたいなものを感じるようになったのが正直な感覚です。また、知識が増えたことで海への理解が深まったというのも実感しました。たとえば、奄美大島では海に立っている岩を「立神」と呼んで海の神さまを祀っていたり、その地域における信仰とのつながりを実際に見て学べたのはとてもいい経験になりました」

Q. 現地ではどのように過ごしましたか?また印象的だったことを教えてください。

「なかなかない機会なので美しい海を存分に楽しむことを大事にしました。印象的だったのは、はじめてのシュノーケリングで見た海の中の景色です。海自体は何度も行ったことはありましたが、足のつかないところまで泳いで海の中を見るという体験ははじめてでした。ずっと底の方まで見えて、大きな魚が泳いでいたり、色とりどりのサンゴが見えたり、とても感動的でした。それと、2日目の夜から天候が荒れてきて、全然違った景色が広がったのもなかなかない体験で印象的でしたね。私が持っていた海のイメージはもっとステレオタイプなものでしたが、今回のワークショップでは、海は場所によって全然違うことを体感して、海に持ってた印象というのがほんの一部分の記号的で狭い範囲の認識しかなかったんだなっていうのを実感しました」

Q. 作品ではそうした体験を通して得た主観的な海がテーマになっていますね。コンセプトについて教えてください。

「今まで思ってた海の認識を大きく変えたシュノーケリングでの感動体験が元になっています。たとえば、CGなどの技術も発達して海の表現はとてもリアルになりましたが、それは自分自身が体験した海とは違う、あくまでも記号的で知識的な、客観的な海だと思うんです。季節や時間、場所や天気などで状況が変わる、無常とも言える海をこのワークショップで体験して、さらにそこに私自身の感情のフィルターがかかることで、はじめて主観で感じられる「海」があるのはないかなと感じました。主観的な海とは、対象者と海とが双方的な関係を築いているときの海で、感情で脚色されるものでもあります。経験することで見えてくるもや感じるものがあり、それは知識として知ることとは全く違うもので、主観的な海を体験して欲しいというのが作品のコンセプトになります」

Q. 主観的な海というのは難しいテーマだったかと思いますが、デザインを考える上ではどんな部分に苦労しましたか?

「まず自分の中で漠然と感じていた部分をしっかりと言語化して人に伝えるというのが難しかったですね。なかなかまとまらなかったので、同じ学科の友達にも相談しました。自分がいいと思っているものに対して、たとえばキャンプに参加していない友人のまったく違った視点もあり参考になりました。また、当初は見る人に直接的に体験を提供したいと思っていましたが、体験として作り出す難しさに直面して、結果グラフィックで表現することにしました。実際に海に足に運んでもらえるきっかけになったらいいなと思います」

Q. デザインや構成において、こだわった部分、大事にしたことなどを教えてください。

「作品を作るにあたり、コンセプトワークの時点からいろんな視点で自分の体験を掘り下げる作業をしました。それを言語化するにあたり、かなり時間をかけていろんな言葉や事象についてもリサーチしています。その作業も含めて『自分の海』であると気づき、そのプロセスをグラフィックで見せていくことにしました。構成としては「海って本当に青いの?」というシンプルな問いかけからスタートし、現地での体験とそれを言語化するのに学んだ哲学的な話を加えながら、いちばん最後には、「海を知らないことさえ知らない」と、自分なりに導き出した結論を持ってきました。ここではソクラテスの「無知の知」を例に挙げていますが、海について知らないと言うことに気づいたことが今回のワークショップでいちばん大事なことだったなと思ってそうしています。テーマが決まったのが遅かったので、デザインについては正直あまり時間をかけられなかったのが反省点ですね」

Q. 2泊3日のキャンプから製作活動までを通しての感想を聞かせてください。

「普段大学の課題ではどちらかというとアウトプットに時間をかけることの方が多くて、こんなに長い間コンセプトについて考えるということはなかなかありません。でもたとえば、こんなデザインを作ってほしいと言ったリクエストに答えるのは美大生ならみんなできる思いますが、なぜそれ作るのかとかを説明することができることが大事になってくると思うんです。今回プロジェクトを通して、コンセプトをしっかり考えてアウトプットしていくというプロセスはとてもいい経験になりました」