レポート

北海道根室市|おちいし義務教育学校

海洋教育プログラム「海を見ているたくさんの目」開催

2024年度成果報告

2024.08.05

写真学校地域海洋教育

みなとラボが実施する「海の学びのプロジェクト」では、人類が自然・海とどのような関わりをしてきたのか、その源流を探り、共生のあり方を育むための教育プログラムを開発。2024年7月に第一弾として、写真家の津田直氏と協働し、ワークショップ「海を見ているたくさんの目」を根室市のおちいし義務教育学校の児童たちと実施いたしました。

経緯

「海の学びのプロジェクト」の一環で、写真家・津田 直さんとの教育プログラムの開発がはじまりました。いくつかの候補地の中から、津田さんが学生時代から何度も訪れているという北海道、オホーツク沿岸へのフィールドワークが決まりました。

フィールドワークの様子はこちらから。

そしてもうひとつ大切な出会いが、「根室市歴史と自然の資料館」の外山雅大さんです。外山さんには、根室市の落石(おちいし)というエリアをご案内していただきました。根室に広がる「湿原」が海からどのような影響を受けているのか、どんな環境だからこんなに豊かなのか……。実際に森を歩きながらご説明いただくことで、この場所が何万年という歳月をかけてつくられたという事実を実感しました。そんな実感を持って、そのまま海へ行ってみると、森と海が近いという根室の特徴的な気候風土に気づくことができました。

プログラム開発

今回のプログラム開発で目指そうとするのは、海洋教育の新たなモデルです。海洋教育は、海と人との共生を目標にかかげています。現状の海洋教育は、海のことや海洋問題について学ぶものが多く、海と人との共生に向き合うためには少し距離があります。

みなとラボでは、そこから一歩深めて、海と人との共生に向き合うためのプログラムの開発を目指しています。津田さんにもこの目的をお伝えし、共有の上で、どのようなプログラムにするのが良いか話し合いを重ねていきました。

フィールドワークを経て、私たちが考えたことは、人間だけの視点で海を見るのではない方法で、海を見ることが必要ではないかということでした。日本は豊かな海に囲まれているけれど、いつの間にか海から離れ、海との対話ができなくなっているのではないか。海は人間が住む環境であったはずが、離れすぎてしまい、海と人間との関係が見えづらくなっているのではないか。地球が持つ全体性を取り戻すことが必要ではないか。そんなことを話し合いました。

その話し合いから導き出されたのが「目になる」というキーワードです。海を見ているのは人間だけでなく、他にもいろいろなものが海を見ているのではないか。人間以外にもあるさまざまな海とのつながりを感じられることが、海と人との共生のために大事なのではないかと考えました。そのような考えに基づきながら、実践して楽しめるプログラム「海を見ているたくさんの目」を開発しました。

おちいし義務教育学校での実施:1日目

根室市の落石という場所のおもしろさをふまえ、実施校を検討。根室市教育委員会のご協力もあり、2024年7月4日、5日に「おちいし義務教育学校」5・6年生での実施が決定。1日で森(湿原)と海に行き、それぞれのつながりを感じる授業がスタートです。

4日は実際に森(湿原)と海へ!まずは、教室で簡単なレクチャー。根室の環境でキーワードになるのは「霧」ということを外山さんからお聞きします。

その後はみんなでバスに乗って「落石岬」の遊歩道へ。外山さんを先頭に、アカエゾマツやワタスゲ、モウセンゴケなど都度止まってお話しを聞き、実際に植物に触れたりしながら進んでゆきます。「知らないことを知れてたのしい…」と呟きながら歩く子どもたち。霧という存在がこの湿原をつくっていると実感していきます。途中森林が開けるところでは「空気がちがうね」と五感をフルに活用して敏感に変化を感じ取っていました。

森を存分に感じ、続いて海へ!バスで10分くらいの「落石海岸 三里浜」へ。いよいよ「海を見ているたくさんの目」になってみます。ここではひとり一台iPadを持ち、それぞれ海岸を歩き、次の日に目を描き入れるということを意識しながら、いろんなものになって、そのものを撮っていきます。貝殻や流木、海藻、ブイなどそれぞれが気になったものと海を撮っていきます。見ていると思っていたものたちに、実は見られているのかも……あっちにもこっちにもたくさんの目があるということに気づいていきます。

海岸線を歩いたあとに、高台からさっきまでいた海岸と海、そしてその向こうに森を眺めました。ミクロな視点とマクロな視点で根室の気候風土や地形、環境を体感した盛りだくさんの時間となりました!

おちいし義務教育学校での実施:2日目

昨日の体験についてまずは簡単に振り返りました。そして、自分ではない存在になってみたことで海はどう見えたのか、撮った写真を見ながら自分がなってみたものに目を描き入れていきます。目はひとつと思っていたら、たくさんの目を描き入れる子がいたり、想像が思いのほかふくらんでいきました。目の描き込まれた写真が集まったところで、みんなの写真をモニタで見ながら発表。写真を撮るまではただの海藻やごみに見えていたものが、目を描き込むことによって、いのちが吹き込まれたように、そのものの気持ちになった言葉が出てきました。流木や海藻や空き瓶になってみたことで、「人がたくさんいるのにみんなに気づいてもらえなくてさびしい」、「早く海へ帰りたい」という声があったり、楽しい気持ちを虹色の目で表現する子がいました。それぞれが自分で見つけた視点になってみたことで、海との向き合い方に新たなる場が生まれたようでした。

振り返り

印象に残っているのは、子どもたちが何度も「たのしかったー」と言ってくれていたことです。コロナ禍もあり、校外学習がほとんどない状態が数年続き、みんなで外に出て「体験する」ということの重要性を感じました。想像力を広げてどんどん進めていく子、たくさん考えてなかなか手が動かない子、それぞれのペースでこの授業をつくってくれました。当日までは、津田さんとアシスタントの東さん、みなとラボで何度もディスカッションし、プログラムをつくってきました。いざ当日を迎えてみると、子どもたち、先生、学校、外山さん、教育員会と、みなさんの力が合わさってようやくできたプログラムなんだと実感しました。授業が終わったあとも、津田さんや外山さんたちとあれはこうだったね、これがねと、いつまでも話していられるような充実した時間が余韻として残りました。このプログラムに参加したみなさんは、きっとふとしたときにもう自分以外の目がそこここにあることに気付けるのではないでしょうか。海を見つめることで、自分が暮らすその土地のたくさんの目とともに、これからを歩んでいってもらえたらと思います。

最後のさいごまで見送ってくれた子どもたち。「またきてね〜」と手を振り合いました。このプログラムについては、今後冊子にまとめる予定です。お楽しみに!

文:
田口康大、小倉快子(みなとラボ)